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「……反対の理由は?」
「それが……」
「ん?」
先を促すと、優の口から耳を疑う言葉が返ってきた。
「……歩の方が俺より年上なこととか……歩がバリバリ働いてることとか。そういうのが気に入らないって」
「……は?」
意味が分からなくて、眉間に皺が寄った。
「母さんは、考え方が昭和って言うか、古いんだよ。男は外で働いて、女はしっかり家庭を守る、みたいな。女の方が年上なのもありえないって考えらしい」
「……」
絶句というのは、こういうことを言うのか。
人間、本当に驚いた時には何も言葉が出ないらしい。
「俺は歳なんて気にしないし、歩は仕事が好きなの知ってるから、専業主婦になってほしいとも思っていない。でも、母さんはそれが気に食わないんだと」
「ちょっ、ちょっと待って……全っ然意味わかんないんだけど……」
話についていけなくて、片手で優を制すものの、優は自分の話に夢中で止まる気配は無い。
「俺だってこんな古臭い理由で反対されて参ってるんだ」
「だからって……」
いきなりそんなことを言われても。
私だって、困る。
「……ごめん」
たった一言、聞こえた言葉。それには、いろいろな気持ちがこもっていたように思う。
それでも私の視界に飛び込んでくる、"俺も被害者なんだ"とでも言いたげな目尻に溜まった涙。
今にも溢れ落ちそうなそれは、私の気持ちなど何も考えていないのが一目瞭然だった。
「ごめん。あんなんでも俺の母親なんだよ。育ててもらった恩もある。
だからどんな理由であれ、家族に祝ってもらえない結婚はどうしても……嫌なんだ」
「……ハッ……」
……あれ、優って、こんなにも話通じない人だったっけ……?
どこまでも自分本意なその姿勢に、頭の中がスッと冷える音がした。
もしそれが私と別れたいがための後付けの理由なのだとしたら、頭が悪いにも程がある。
もっとマシなことは言えなかったのかとか、例え今の話が本当なのだとしても、人生の大切な選択を母親の言いなりになってしまうなんて、とんだマザコン野郎だな、とか。
言いたいことは山のようにあったけれど。
しかし、優の表情を見れば、もう無理なのがわかる。
これ以上問い詰めたところで優の答えが変わるとも思えない。
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