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「じゃあこうしよう」
「……」
「今日泊まる代わりに今度俺の行きたいスイーツの店に付き合ってくれ。もちろん俺の奢りだ。それでどうだ?」
「……それって結局私得じゃないですか」
「それなら尚更いいじゃないか。どうする?行くか?行かないか?」
──そんなの。
「……行きます」
行くに決まってるじゃないか。
「よし、交渉成立だな」
そう言って笑った飛成課長。その綺麗な笑顔に胸がドクンと一つ鳴った。
寝る前に、シャワーを借りた。
優の一人暮らしの家に泊まるかもしれないと思ってクレンジングや替えの下着を持ってきていたのが幸いした。
素顔を晒すことへの恥ずかしさはあったものの、肌荒れするよりはマシだ。
服はとりあえず課長のスウェットとTシャツを借りた。サイズが大きいから裾を折り返してもダボダボだ。何から何まで申し訳ない。
「サイズ大丈夫か?悪いな、それしかなくて」
「いえ、むしろすみません。何から何までお借りしてしまって……」
「気にすんな。……それよりほら、少し飲み直さないか」
「いいんですか?」
「あぁ。ちょっと飲み足りないから付き合ってくれ。日付変わるくらいまでならいいだろ」
リビングに戻るとテーブルの上には氷の入ったおしゃれなグラスが二つ並んでいて。その横には果実酒が。課長の提案にありがたく頷いてソーダで割って二人で乾杯した。
「……悪かったな」
「何がですか?」
突然謝罪の言葉を口にする課長に、首を傾げる。
「恋人がいる人に対する接し方じゃなかった。お前が浮気を疑われてもおかしくないことをした。すまなかった」
以前同じテーブルでケーキを食べたことか。一口だけだけど食べさせて貰ったことか。それとも数時間前に泣いていた私を抱き寄せたことか。若しくは全部か。
どれにしても、律儀な人だ。
それを謝るためにこうして飲み直そうと提案してくれたのだろうか。
なんて不器用なんだろう。
「……いえ、お気になさらないでください。彼氏がいるなんて話、課長にしたことも無かったですし。別に浮気疑われたわけじゃないですし。それにどっちみちこうなっていたでしょうから」
笑って首を横に振った。課長はそんな私の頭にポンと手を乗せて。
「……つらかったら、泣いてもいいんだぞ」
課長も慣れていないのだろう。ぎこちなく呟いた声はどこか上擦っていて。
私はそれに笑いそうになりながらも、
「大丈夫です。あんな奴のことではもう泣きません」
うっすらと滲んだ涙を拭って微笑んだ。
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