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「……何言ってんだよお前」
「お願いします。……さっき怖い夢見たの思い出しちゃって」
「子どもか」
「……昔から、怖い夢を見た時は誰かと一緒じゃないと寝れなくて……」
幼稚園児みたいなことを言っているのは自分でもわかっていたが、こればっかりは昔からのなかなか抜けない癖で。
私が腕を離さないとわかったのか、課長は数秒間口を開かずに沈黙が訪れる。
と思ったらまた大きな溜息が聞こえて、布団が捲られて少し冷たい空気が入り込んできた。その直後に感じる、私の身を包んでくれる温かさ。
私を抱きしめるように布団に入った課長に、自分からお願いしたくせに今更緊張してきて。
ドクドクと高鳴る鼓動。
あぁ、アルコールが回る。
ふわりと香る課長の匂い。
スーツ姿の時に香る男性物の香水の香りとは違う、シャンプーの香り。
私もシャワーを借りたのだから同じ香りがするはずなのに、どうしてかそれがすごく心地良くて。
次第にドキドキが落ち着いてきて、思わずその香りを胸一杯に吸い込みたくなって顔を課長の首元に寄せた。無意識だった。
ビクッとほんの少しだけ肩を上げた課長に、私は寝ぼけ眼で上に視線を向ける。
すると下を向いていた課長とピタリと視線が交わって。
「……お前、俺も男だってこと忘れてないか?」
「……え?」
「……ベッドに誘ってそうやって煽って。……誘ってんの?」
すぐ近くで聞こえるその掠れた低い声に、心臓が鷲掴みにされたようにドクンと鳴った。
気が付けば私を抱きしめていた課長は私の上に馬乗りになっていて。
私は仰向けでその端正な顔を見上げていて。
「そ、そんなつもりは……」
「じゃあ何、上司をからかってる?」
掻き上げた前髪の隙間から覗く目は、ジトッと熱を帯びている。
……あれ、おかしいな。
「俺だって男なんだよ。……そんな煽り方されりゃあ、理性止めるのも必死なわけ。わかる?」
そう言って私の唇を親指でそっと撫でる。その感覚にビクッと跳ねた身体。
心臓はさっきまでの落ち着きを無くし、バクバクと破裂しそうなくらい激しく動く。
伏せた目元がゆっくりと近付いてきて、鼻と鼻が触れ合う距離でピタッと止まった。
「……拒否るなら、今の内だ。早くしろ」
「……」
はぐ、と声にならない声を飲み込んだ。
その言葉の意味がわからないほど私だって子どもじゃない。
普段の私なら、間違いなく拒否していただろう。
仕事関係者は万が一別れたらその後が気まずいから、今までずっと避けてきた。
なのに会社の上司となんて、ましてや"あの"飛成課長と、だなんて。いつもの私じゃ考えられない。
しかし今日の私はどこかおかしくて。酔いが回っているからか。怖い夢を見たからか。振られた寂しさか。課長の知らない一面を知ってしまったからか。
……初めて見る余裕の無い顔の課長に、欲情した。
「今なら、止められる」
その言葉を聞き終わるかどうかのタイミングで、私は課長の首に手を回して引き寄せ、そっと唇を重ねた。
「……私に選ばせるなんて、ずるいですね」
私の微笑みに、課長は再び唇を重ねた。
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