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「嫌ってたらついて行きません」
「……じゃあ、何で」
「……傷付きたくなかったんです」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
意味がわからない、と言いたげな課長の困惑した顔。
それに答えようと口を開いた。
「……課長と恭子さんって、昔付き合っていたんですよね?」
「恭子?……まぁ、昔の話だが……そんな話どこから……」
「昔の話って言いますけど、今だって凄く仲良いじゃないですか」
「はぁ?……あぁー……そうか?普通だろ」
「普通じゃありません!」
思わず大きな声を出してしまって、恥ずかしくて下を向いた。ゆっくりと背筋が曲がる。
「どうした?恭子に何かされたのか?」
「……されてません」
「じゃあなんだよ……」
「……悔しいんです」
下を向いたままポツリと溢した声も、課長は拾ってくれる。
「え?」
「課長のこと、社内では私が一番知ってると思ってました。自惚れてたんですよ。
甘いものが好きだってことも、コーヒーが苦手だってことも、私しか知らないんだって思ってました。
現に今の社内では、きっと私しか知らない。だから自惚れてた。……でも、そうじゃなかった」
「……そりゃあ、恭子とは昔付き合ってたからな。知ってて当たり前だろ」
私の背中を摩る手が、優しくて。何かを勘違いしてしまいそうで。
「……はい。だから、そんな自惚れていた自分が悔しくて。情けなくて、恥ずかしくて。
これ以上、惨めになりたくなかった。側から見たら恋人同士にしか見えないお二人を見るのも、周りからお似合いですねって言われてるお二人を見ているのも、つらかった。私の知らない課長を見ているのが、しんどかった」
「……」
「だから、逃げました」
「……」
「それだけ、です」
言っちゃった。言ってしまった。
これじゃあ、告白してるのも同然で。
目の前のジントニックを勢いに任せて飲む。
「お、おい……」
飲まないと、恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだった。
今すぐ逃げ出したい気持ちを抱えながら、追加のお酒を注文して。
課長が何も言わないのをいいことに、濃いめのハイボールを飲む。
ペースが早かったからか、程良く頭がボーッとしてきた頃。
グラスを持つ手を、課長に取られた。
丁度残ったハイボールを飲み干そうと思っていた時で。
傾けていたグラスは、そのまま課長の口元に持っていかれて。
課長の口の中に吸い込まれるように無くなった。
「……あ」
「……いくらザルとは言え、ペース早すぎだ」
「だって、飲まないとやってられませんから」
程良く酔いが回り始めた私はもう開き直っていて。
締まりなく笑うと、課長は黙った。
……と、思ったら。
「んんっ」
いきなり引き寄せられて重なった唇。
確かめるような啄ばむようなそのキスに、頭がパニックになる。
どうして。どうして。
こんなの、期待しちゃうじゃない。
けれど。
今だけは、自惚れてもいいだろうか。
「……出るぞ」
体を離すとすぐに会計をしてバーを後にした。
そのまま私の腰を抱きながら歩く課長の腕は熱い。
すぐにタクシーを捕まえて、押し込まれるように乗った。
「七丁目の角のーー」
住所を伝えると、黙って外を向いてしまったものの。
繋がれた手は、離さないとでも言いたげにギュッと握られていた。
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