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「お、最後の一個だ」
補充される前の最後の一個を取ろうとトングに手を伸ばすと、同じように伸びてきた手が当たって、反射的に手を引っ込めた。
「あっ……すみませんっ」
「いえ、こちらこそ……」
聞いたことがあるような低い声に、ふと顔を上げる。
すると。
見慣れたアーモンド型の奥二重が、滅多に見ないメガネの奥から驚いたように私を見つめていた。
「……えっ!?」
「……金山っ!?」
「ひ、飛成課長!?何やってるんですかこんなところで」
突然のことに驚いて思わず声が大きくなったことに慌てた課長が、私の口元を手で押さえて端の方に身体ごと追いやられる。
あまりに突然のことでケーキを乗せたお皿のトレイはイチゴタルトのコーナーへ置きっぱなし。
そんなことも気にならないくらい、驚いて固まった。
やっと手を離されたと思ったら、課長は焦ったように周りを見回す。
「お、お前こそ何でこんなところに……」
「何でって……私は毎年来てて今年も予約してずっと楽しみにしてたので……」
「……」
「課長は?……誰の付き添いで来たんですか?」
課長はいつもブラックコーヒーを飲んでいて、甘いものが嫌いだと聞いている。
誰かの差し入れで甘いものがあっても、課長は絶対に食べないし課長が何か取引先からもらってきたらそのまま課の冷蔵庫行き。皆課長が食べないのを知っているから誰かが食べてしまう。
そんな飛成課長がスイーツバイキングの会場にいるなんて。
誰かの付き添いとしか考えられない。
しかし課長はなんとも言いにくそうに顔を顰めていて。
それを見て、ピンと閃く。
……まさか恋人がいたのか!
今まで女の影すら無かった課長に、甘い物好きな恋人がいたとは。
何だかちょっと予想外で、笑ってしまった。
「……なんだよ」
「いや、彼女さんがいるなんて聞いたことなかったので。甘い物がお好きな方なんですか?」
聞くと、何故か部長は驚いたように目を見開いて。
そしてすぐに大きな溜息を吐いた。
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