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82.ツノになって狼になった結果(最終話)
目が覚めたら、白い狼が寄り添って寝ていた。僕より一回り小さい。もしかしなくても、昨日の琥珀だよな? べろんと顔を舐めたら目が開いて、金色の美しい瞳が現れた。
「これなら交尾できる!」
『一度、交尾から離れようか』
結婚するイコール交尾するじゃないからな? たいていは同じ意味を含ませてるが、結婚してもセックスレスの場合もあるんで。それと何度も言ってるが、僕の中身はオスだ。子供産んだけどメスじゃないんだよ。
夢ならいいと願ったのに、いるかも不明の神様は意地悪だった。僕をツノに転生させた時点で知ってたけどね。すっごいイケズだよね。
「狼だから、僕のお嫁さん」
嬉しそうに鼻を寄せてくーんと鳴いた。やばい、何か絆されそう。可愛いじゃないか。いつも可愛いけど、輪をかけて甘やかしたくなる。これが母性本能ってやつか。恐るべし、本能!
「おう、飯を……失礼したな」
バルテルがくるりと背を向けた。その後ろから覗いたベリアルが「おめでとうございます」と要らないお祝いを寄越した。まだ何もシてないから!
「お? ついにヤッたか」
勝手に宿泊したシェンに至っては、窓からガン見だった。照れた様子もなく、揶揄う響きでもない。ただ事実を確認しただけ。その乾いた感じが、ぐさっと胸に突き刺さる。
『まだ何もしてない!!』
勢いで言い返した僕は、とんでもなく大きな墓穴を掘った。
「まだ? じゃあ結婚確定か。おめでとさん」
「良かったですね、我が主」
「うん」
嬉しそうに頷く白狼の琥珀。バルテルとベリアルの祝福に頬を緩める。にやりと笑ったシェンは、してやったりといった顔だ。くそっ、嵌められた。いや体は無事だけどって、まだ下ネタする余裕があるのが悲しい。
起きてきた森人達にも祝福され、アルマを筆頭に女性達が花嫁衣裳という名のヴェール作成にいそしみ、男性達は狩りに出て行った。祝宴用の肉が必要なんだとか。
『誰も僕の話を聞いてない……』
「そんなことないぞ。本当に嫌ならシドウはブチ切れるであろう? この程度の抵抗は、照れてるだけだと知ってるのさ」
シェンに言われて、愕然とした。そうなのか? 言われてみれば、本当に嫌な時は魔法をぶっ放したりするかも。口で騒ぐけど動かないなら、照れてるだけ? 間違ってない気がしてきた。
「男がこれだけ惚れたんだ。一生大事にしてもらえるぞ」
『……それが怖いんだよ』
大事にしてくれるのは間違いない。琥珀の僕に対する執着は理解してるけど、だからこそ怖かった。万が一、僕に何かあったら? 琥珀は魔王以上に世界の脅威になってしまう。困ったなと溜め息を吐いたら、人型に戻った琥珀が僕の首に腕を回して抱き着いた。
「シドウがいるなら、僕頑張るから」
ああ、ダメだ。もう逃げられる段階じゃない。琥珀の声に滲んだ本気に気付いて、僕は覚悟を決めた。交尾の問題は後回しにして、ひとまず結婚しようか。
周囲を駆けまわる子狼をぺろりと舐める。尻尾を噛む子を叱り、乳を求める子のために横たわった。
「シドウ、帰った! ただいま!!」
結婚したあの日から、琥珀は狼の姿を取ることが増えた。理由は、子ども達が混乱するからだとか。魔王アスモデウスの回復はまだ先で、ベリアルはいまだに琥珀の部下を続けている。シェンは結局、山の洞窟を封鎖してこの塔に移り住んだ。子育てが意外と上手で助かってる。
『おかえり、琥珀。この子に尻尾を噛まないように躾けてくれる?』
「わかった」
がうっと遊び相手を買って出た琥珀に、子狼は勢いよく向かっていく。今回産まれたのは5匹だ。前回は6匹で、まだ独立せずに住み着いている。本来群れで生活する狼なので、仕方ないか。追い出すことも出来ず、家族は増える一方だった。
「シドウ、交尾しよう」
『……1年休ませてよ』
むっとした顔の琥珀の頬を舐めて誤魔化す。腹が空になる時間が短すぎる。琥珀の僕への執着は年々ひどくなるばかりだ。僕がこの塔を出ると、転移で帰ってくるほど過保護だった。琥珀に言わせると、僕は魅力的だから襲われるんだとか。そんな物好き、琥珀くらいなのにな。
くすくす笑った僕は、毎年毛が生え変わるたびに白くなっていく。あと数年で琥珀と同じ白になるだろう。それが何を意味するのか、シェンは「寿命問題か、種族の変更か」と楽しみにしている。こういった変化が以前は怖かったけど、僕も最近は楽しめるようになった。
琥珀がいれば、何とかなるさ。頼もしい夫に鼻先を擦りつけて、僕はくるんと丸くなった。魔王アスモデウスには悪いけど、あの時ツノを折った勇者には感謝しかない。
異世界でツノになって、メス狼になった僕の話はここで終わり。この先は幸せな家族のノロケだからね。
――THE END――
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