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結局、あの病院に駆けつけた日から1ヶ月が経っても、優先輩が目を覚ますことはなかった。
お医者さんに言われた通り、私は仕事の帰りと休みの日は必ず病院に行ってるけど、容態が良くなることも、悪化することもないまま。
そして、先輩を刺した人は後輩の西さんだった。それを知った時、計り知れない衝撃を受けたことを覚えてる。
西さんは動機については何も話さないらしいが、振られた恨みからか、恋心のもつれからだろうということだ。
同じ会社から加害者と被害者が出てしまった先輩の会社は、うちの会社との取引が無くなったようだった。
「あ、亜緖。おはよう」
『…優実、おはよ』
「あんた、大丈夫?なんか痩せたよ。ご飯食べれてる?」
『…うん、食べてるよ』
いつも通り出勤して、ロッカールームで着替えていると、優実が心配そうに顔を覗いてきた。
先輩のことは優実にも話したから、ずっと気にかけてくれてるみたいだ。
「亜緖まで倒れたら、先輩が目を覚ました時に会えないんだから…ちゃんと食べて休まないとダメだよ」
『うん、ありがとう。私先に受付行くね』
「亜緖…」
力なく優実に微笑んで、私はロッカールームを出た。正直あれから食欲はない。一応食べてるけど、サラダかスープが精一杯だ。
いつ病院から連絡が来るか不安で、ご飯の時も寝る時も気が休まらない。
でも仕事は変わらずこなしているから、優実以外の社員には何かあることを気付かれていない。
『……先輩、いつ目を覚ますの』
日誌を取りに行く為に、まだ始業前の誰もいないオフィスに入った。静まり返った部屋の中で佇んでいると、誰かの足音が近付いてきた。
〔あの、すいませーん。お届け物なんですけど〕
『…え、』
振り返ると、関係者出入口から入ってきたであろう配達員の男の人が立っていた。手には大きなダンボールを持っている。
『…えっと、今まだ総務の者がいなくて』
〔えぇ!?困ったなぁ…差し出し人の方から、早めに手渡ししてほしいとのご要望なんですよ〕
『あぁ…そうなんですか』
仕事関係の機材かな…。急ぎなら私が受け取って、事付けしておくか…。そう思って、配達員さんに近付いた。
『よかったら…私が受け取って総務の者に渡しておきますが』
〔あ!いいんですか?ありがとうございます!〕
『はい…どなた宛てですかね』
〔えっと…株式会社アイピックスさんの、吉舘亜緖さん…ですね〕
『……え?』
それを聞いて、固まってしまった。まさか自分宛だと思わないから…。なんだろう?わざわざ会社に届けられる物なんて頼んでないのに。
『…あ、ありがとうございます。それ私です。いただきますね』
〔あ!!よかったぁー!じゃあこちらお渡ししますね、サインお願いします〕
『あ、はい』
紙にサインをすると、配達員のお兄さんはぺこりと頭を下げて去って行った。
大きな箱と私だけがぽつんと残された部屋。
『…なんだろう、これ』
さすがに少し怪しんだけど、中身を確認しようと思い、箱を床に置いてベリベリとガムテープを剥がしてみた。
何か仕事の物かな?でも制服も別に頼んでないし…
そう考えながらダンボールを開け切ると、中身が顕になりふわっと何かの香りが鼻を通る。
『……え、』
その中身を見た私は、思わず膝から崩れ落ちる。
パサ…
箱の中には…甘い香りを漂わせた、大きな青色の薔薇の花束が入っていた。
『………っこ、これ』
それを見て、私はすぐにいつかの優先輩の言葉を思い出した。
《いつか、大きな花束を亜緖ちゃんにプレゼントしなきゃ!》
青い薔薇をお風呂に浮かべてくれて、1つを袋に入れてもらった時。確かに先輩はそう言ってた。
いつの間に…これを…
『………っぅ、ぁ』
その花束を抱えると、私の目からたくさんの大粒の涙が零れ落ちた。目の奥が熱くて、どんどん溢れる涙は止まろうとしない。
先輩…なんで?なんでこうなったの。
青い薔薇の花束…手渡ししてくれるんじゃなかったの。
早く目を覚ましてよ。言いたいこといっぱいある。こんな大きな花束を会社に送ってきたことも…怒りたいのに、怒れないじゃん。
私達、これからって時だったじゃん。
これから探していこって…愛が存在しないものなら、2人で見つけようって…
言ってたのに。
息を詰まらせながら、涙を流してしゃくり上げていると、ポケットに入れていた携帯が震え出した。
『……っ!』
先輩が入院してる病院からの連絡だった。心臓がドクンッ…と不気味に音を立てる。
このタイミングがいいものか悪いものか。
どうか、いい知らせであってくれ…と願いながら恐る恐る携帯を耳に当てた。
『……もし、もし』
〔あ!こちら〇〇総合病院の者ですが…!〕
でも、電話の向こうの緊迫した空気に、淡い期待は一気に裏切られる。
〔すぐにこちらに来られますか!?香坂さんが…〕
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