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そして同月二十九日。土屋政直ら老中一同は、家継と八十宮の縁組内定を家臣たちに公表すると共に、
同日付けで武家伝奏・徳大寺公全、庭田重丞の両名に宛てて、連署奉書を制作したのである。
この奉書によると
『 霊元法皇のご意向を上様に言上し、一位様(天英院)と月光院殿へ申し入れたところ、めでたく忝ないことだと思し召された。この旨を、宜しく法皇にお伝え下さい 』
との幕府からの通達であった。
──皇女・八十宮が家継の御台所に決した旨は、直ちに大奥中にも知れ渡り、初の皇女との縁組内定に奥向きも歓喜に湧いていた。
月光院の御座所では勿論、天英院の住まう御台所御殿でも、お付き女中たちが笑みを綻ばせて
「よもや幕府嫌いの法皇様が、ご縁組をお受け下さるとは思いもしませんでした。ほんにおめでたき事」
「まさかお仕えしている上様の代で、公武合体が実現するとは。皆々も誉れな事だと喜んでおりまする」
「それに八十宮様は天英院様のお従妹。ご血縁の宮様が御台所とおなりあそばすのですから、天英院様もお心強うございますな」
上臈の秀小路、御年寄の岩倉とかよは、部屋の上段に座す天英院に、嬉々とした面持ちで告げた。
しかし当の天英院は、彼女たちとは対照的に、冴えない表情を浮かべながら、一枚の書状に目を通していた。
天英院の膝元には、他にも幾つかの書状が並べられており、その全てに「一位様へ 基熙」と記されている。
やがて書状を読み終えた天英院は、それを握った両の手を膝の上に落とすと
「まことに……父上にも困ったものよ」
と呟きながら、やれやれと首を横に振った。
「また京の基熙様より、お怒りの書状にございますか?」
秀小路が軽く眉を寄せると、天英院は書状を畳み、他の物と一緒に膝元に並べた。
「…ええ。何故 八十宮様のご降嫁を、老中衆と共に願い出たりしたのかと、遺憾の意を抱いておいででのう」
「基熙様はよほど、此度のご縁組に反対だったのでございますね」
「縁組に反対というよりも、婚姻によって武家と結び付くのがお嫌なのやも知れぬ。私の時もそうであった故」
我が父ながら頭の固い御方と、天英院は思わず溜息を漏らした。
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