河崎

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「旦那さんは、月に三度しか宮さんにおめもじする事が叶わんのです!せやのに、半刻だけやなんて、あまりにもゆめがましい(※)こと。…もそっと、もそっとだけ!」 「そもじは確か、右衛門佐さんに仕えるお部屋子ですな」 「さよにござります」 「(すけ)さんのお側で仕えてはるのやったら分かりますやろ? 仙洞さんの御子は(みな)、母御前の手から離れて、乳母がお育てするのが習い。 これは他のお側女(そばめ)の方々にも、例外のうお守りしていただいている事。佐さんは、こうして(わず)かでも、 八十宮さんへのおめもじが許されている事を、有り難う、(かたじけ)のう存じ参らせ、それ意外の欲は捨てていただかへんとあきませんな」 「…せやけど」 いおは食い下がろうとしたが、萩の江はそれを遮るように 「八十宮さんへのおめもじは、月に三度、半刻限りというのが、仙洞さんの御意にあらしゃいます。仙洞さんのお決めにならしゃった事を、 うちに曲げろと言われても、どうにもならん事。ご不満がおありと申すのやったら、その(むね)、うちから仙洞さん付きの御上臈さんに申し上げておきますが、よろしおすか?」 と口調厳しく言い渡し、右衛門佐局の首を左右に振らせた。 そんな事をされては、僅かな我が子との対面すらも叶わなくなってしまう。 「不満やなんて…滅相もない。お約束の旨は、よう心得ておりますよって」 右衛門佐局は軽く頭を垂れると 「…宮さん…。…ほな、また次の機会に」 八十宮に囁きかけてから、萩の江の腕に宮を預けようとした。 すると萩の江は、浅く息づいて 「──まぁ、よろし…。急ぐ訳でもなし」 「 ? 」 「よくよく考えたら、佐さんに申し上げておく事がありましたのや。お大事さんな話です故、多少 宮さんとのおめもじが長引いたとしても、仙洞さんもお(とが)めにはならしゃるまい」 話が終わるまでは八十宮を抱いていて良いと、一転 萩の江は穏やかな口調で告げた。 右衛門佐局もいおも、思わず拍子抜けしたような顔になる。 てっきり萩の江は、他の女房衆たちのように、頑固で手厳しい人物かと思っていた。 が、少なくとも無情な人ではないらしい。 右衛門佐局は、いおと顔を見合わせて微笑むと、再び八十宮を自分の膝の上に座らせた。 「…それで、旦那さんに、お大事さんなお話というのは?」 いおは姿勢を正しながら、横から萩の江に(うかが)った。 「実は、仙洞さんからのご要望もあり、幕府が新たに八十宮さんのお住まいを普請(ふしん)して下さる事になりましてな」 「ま──、わざわざ宮さんのお住まいを?」 右衛門佐局は驚いたように目を(しばたた)いた。 (※ゆめがましい…(御所言葉で)夢のように短いこと。また、殆んど価値がないという意味でも使われる)
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