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「関東の公方さんはお齢七つ。宮さんも数え二才にあらしゃいます故、すぐに御入興という訳にも参りませぬ。
よって、宮さんが御身大きうならしゃって、関東へ下向するまでの期間をお過ごしになる御殿が必要やと、仙洞さんが仰せになりましてな」
「…その宮さんの御殿というのは、いったいどちらに?」
「佐さんが宮さんをご出産あそばされた折に使われた、女御の御里屋敷を覚えてはりますか?」
「はい、よう覚えておりまする」
「その御里屋敷の敷地内に、宮さんの御殿をこの十二月六日より造営ならしゃる事を、幕府が正式に決めはったのです」
「さよにござりましたか、あの御里屋敷の内に」
「御殿が落成次第、宮さんにはそちらへ移っていただく手筈となっております。無論、うちや須埜さん、宮さん付きの侍女衆も同行する事になりまする」
「…そしたら、この仙洞御所へは?」
「宮さん専用の御殿が出来るのです。こちらへ戻って参る事はないですやろな」
“ そんな! ” と、右衛門佐局は心の中で叫んだ。
「…せやったら、旦那さんと宮さんのおめもじはどないなるんです !? せっかく宮さんとお会いする事が許されたばかりやと申しますのに、反故になると言わしゃるのですか !?」
主人の意を代弁するように、いおが声を大にして訊ねた。
「それについても、万事は仙洞さんがお決めになる事。うちに言われても仕方がないのです」
「……」
「されど、一度 仙洞さんがお決めにならしゃった事です故、今よりも、にがにがしい(悪くなる)ことはありませんやろ。
佐さんにとっては、おもなし(面白くない)なことやも知れませぬが、今後のことは仙洞さんのお沙汰を待たれませ」
萩の江は、相手を宥めるように言うと
「そうそう…それから、江戸城の大奥より、宮さんにお仕えする奥女中さんがお一人、京へ上られる由、お伝え申し上げておきます」
と、重ねて告げた。
「…大奥?」
「公方さんがおわしゃる江戸城には、御所の常御殿のように、大奥なる、女ばかりが暮らす御殿があるのでござります。
八十宮さんもご降嫁あそばされたら、その大奥でお暮らしになられるのですけど、そこから一人、奥女中さんがこちへお越しになるのです」
「それは、何の為にでございますやろ?」
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