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「お聞きになられましたか?お志保の方様のお話」
「ええ、何でも蟄居処分だとか?」
「聞いた話によると、あの御台様のご不興を買ったそうよ」
「お志保の方様のお部屋の前には見張りの女中が付けられて、周囲に近付くことも出来ないとか?」
「ご寵愛第一のお志保の方様が蟄居となったら、上様の夜のお閨はどうなるのかしらね」
側室・お志保の方の蟄居の噂は、長局の各部屋々でも既に持ちきりになっていた。
噂の真偽を確かめるべく “ 一の側 ” のお志保の方の部屋に、彼女の様子を見に行く者が続出した。
しかし二の側、三の側の部屋の者たちは、無断で一の側への境を越えることを禁じられている為、殆んどの者がお志保の方の部屋へ行くことは出来なかった。
唯一、将軍付きの上臈に仕えている部屋子の証言によると、お志保の部屋の襖や障子戸などは全て閉じられ、それこそ蟻の入る隙間もない程だという。
そして噂通り、部屋の出入口である襖の前には、四六時中、交代で見張りの女中が付けられており、何とも重苦しい空気が漂っていたと言うのだ。
やはり…噂は本当であったか──。
部屋子の証言で確信を得た奥女中たちは、久々の奥向きのスキャンダルに活気付いていたが、
その中でも将軍付きの御中臈たちは、思わず破顔一笑し、意気揚々とした風情を見せていた。
無論、その理由はお津重の場合と同様である。
彼女たちもまた、将軍の第一寵姫の身動きが取れなくなった隙をついて、“ 玉の輿 ” の座を狙っているのである。
それ故か、いつもは起こり得ないこんな出来事も起こるようになった。
ある日の正午、お津重が二の側の渡り廊下を歩いていると
「──まぁ、お津重殿ではありませぬか」
ふいに廊下の前方から、二人の若い女中が現れて、お津重の行く手を塞いだ。
「…これは、…お真希殿、お須美殿」
お津重と同じく、二の側住まいの将軍付き御中臈・お真希と、お須美の二人であった。
まるで、着物の襟に付いたシミでも見るような目付きで、お津重は二人を一瞥すると
「お二人が私にお声をかけて下さるなんてお珍しいこと。私が上様のお手付き中臈になってからは疎遠になっておりましたのに、どういう風の吹き回しです?」
口元にぎこちない笑みを作りながら、目の前の朋輩たちに訊ねた。
するとお真希とお須美は、スッと目を細めて
「んふふふ。何とも白々しいことを申す」
「此度のお志保の方様の件、知らぬ訳ではあるまい?」
言いながら、敵愾心に満ちた眼差しでお津重を見据えた。
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