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「無論、お志保の方様の蟄居の噂ならば存じておりますが…、それが如何なされました?」
問い返すお津重に、お真希は笑みを浮かべたまま、小さくかぶりを振った。
「──申すに及ばぬこと。此度のお志保の方様のご処分を知り、我ら中臈衆は皆 躍起になっておる。次なる上様の寵姫の座を狙うてな」
「……」
「それは、私やお須美殿も同じじゃ。御褥はお世継ぎを得る為の大事なる責務故、上様とて軽々しゅう拒むことは出来ぬ。
故に、かつて若君を亡くされた御心労から、お志保の方様が床に臥せられた折には、上様も不本意ながら、新たな侍妾をお側に置くしかなかったのじゃ」
「誰のことか分かっておるな? …お津重殿、そなたのことじゃ」
まるで狐の目のような、お須美の鋭利な眼差しが、淡々とした面持ちのお津重の横顔に刺さった。
「今まさに、その折と同じことが起こっているのです。お志保様が閨へ上がれなければ、また新たな側室が我ら中臈衆の中から選ばれるであろう」
「左様。──何せどこぞの誰やらは、上様のご不興を買って、そのお傍にすら近寄れぬ身であるからのう…」
無言を通しているお津重に、お真希とお須美は不敵な笑みを向けると
「お津重殿。かつては散々そなたからお手付きとなったことを自慢され、見下すような態度を取られて来たが、今度は我らの番じゃ」
「必ずや上様のお手付きとなり、そなたが得られなかった上様のご寵愛を得て見せようぞ」
かつての屈辱を晴らすように、二人は力強い語気で言った。
すると、これまで無言であったお津重が
「…くっ…、んふふふふ」
と、ふいに押し殺すような声で笑い始めたのである。
「何を笑うておられる。気でも触れましたか?」
お真希が軽い侮蔑を込めて訊くと、お津重は暫く笑い続けた後
「──これは失敬。じゃが、笑うなと言う方が無理であろう」
「…何?」
「だってそうでございましょう? 今の言い種では、まるで自分たちが、上様のお手付きになれると信じているような仰り方ではありませぬか」
と、お真希とお須美に向けて、目を糸のように細めた。
それを聞いて、お真希は眉間にぐっと皺を寄せると、足を一歩前に踏み出した。
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