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「 “ 信じているような ” とは何じゃ!無礼な!」
「ほんに!我らでは上様のご寵愛は得られぬとでも言いたいのか!」
お須美も一歩前に出て叫ぶと、お津重は二人に冷やかな視線を向けるなり
「当たり前であろう。上様が、そなた方など相手にする訳があるまい」
と、確信を持ってそう告げた。
「上様は心根が真っ直ぐにして、移り気というものがまるでないお方。故に、お志保の方だけを長年ご寵愛し続けて参ったのです。
そんな上様が、お志保の方が蟄居になったくらいのことで、これまで見向きもしなかったそなた方にお目を向けられると、本気で思うているのですか?」
お津重は、嘲るような目付きで目の前の二人を眺めると
「御中臈の職にある者の中で、上様に最もお近きは、お手が付いているこの私です。──無論、此度ご寵愛を得るのも」
双眸に涼やかな光を湛えながら、毅然として言い放った。
「…な、なれど!そなたは、既に上様のご寵愛を失うて…」
「そうじゃ!上様に見向きもされぬ身の上で、左様な大口を叩くでない!」
お真希とお須美は食い下がったが、お津重の自信の一角すらも突き崩すことは出来なかった。
「失うたのならば、また取り戻せば良いだけの話です」
「… !?」
「きっかけさえあれば、私の返り咲きもそう遠くはございますまい。何せ私は、御閨にての上様のあれやこれやを知っている身です故。…そなた方と違うてなぁ」
お津重は、お清の御中臈である二人に、皮肉めいた口調で告げると
「どうぞお二方も、馬脚を出さぬ程度に、お励みなされませ」
余裕そうに一礼を垂れてから、颯爽と廊下の先へと進んで行った。
お真希とお須美は思わず振り返り、お津重の打掛の背を悔しそうに睨み付けた。
お津重は振り向くこともなく、変わらず余裕の面持ちで歩を進めていたが
『…何と剣呑なことであろうか。もう少しで侮られるところであった…』
と、内心は激しい焦りと動揺の思いに満ちていた。
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