千 代

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何とか自分の誇りを保つ為に大口を叩いたが、将軍からの寵愛を取り戻す策など、実際のところは(ひらめ)きもしていないのである。 『 小鳥遊(たかなし)様はお力添えして下さると申されたが、あの昼行灯(ひるあんどん)の如きお方に、いったいどこまで出来るものか… 』 『 やはり私が自ら頭を働かせねばなるまい。お真希やお須美のような小者に出し抜かれては一生の恥辱──。一計を捻り出さねば 』 内心の動揺などおくびにも出さず、お津重は何とか良案を引き出そうと、苦悩に苦悩を重ねるのであった。 ──そんな同日の夜のこと。 昼間の騒がしさもすっかり消え去り、静寂が徐々に城中を満たし始めていた()の刻(午後10時頃)。 筆頭老女・三室は、何の先触れも出すことなく、突として月光院の住まう御新座敷へと赴いた。 急な客来に、月光院もそのお付き女中たちも驚いていたが 「──お志保の方様について、月光院様に内々の御報告がございます」 という三室の畏まった申し入れにより、三室と月光院、お付き上臈の六條だけを室内に残して、後はお人払いとなった。 上段に座す月光院の前で 「…夜分にも関わらず、急にお部屋を訪ねました無礼、まずはお詫び申し上げます」 三室は端然と頭を垂れると、その後は筆頭老女の特権とばかりに、要件だけを矢継ぎ早に伝えた。 唐突な三室の話しに、月光院は思わず百面相をしながらも、やっとの思いでその中身を理解すると 「──…それはつまり、今 大奥で流れているお志保殿の蟄居の噂は、全てそなたが仕組んだなのですね?」 やや(いぶか)しげな面持ちで訊ねた。 「御意にございます。御台所・八十宮様にご協力いただき、御台様から出された蟄居処分ということにして、見張りの女中たちにお志保の方様の部屋を守らせておりまする」 畳に三つ指をつきながら、三室は慇懃に申し上げた。 「何故に、御台様まで巻き込んで左様な真似を致すのです?」 「無論、お志保の方様のお腹の吾子(わこ)様をお守りする為でございます」 三室は間髪を入れずに答えた。 「懐妊に至った女中が “ 御不例 ” と称して、着帯の日まで自室に引きこもることは、奥女中たちも知っている事実。 側室であるお志保の方様が、最初のご懐妊同様、長くお部屋に引きこもられては、懐妊の事実を勘繰る者も出て参りましょう」 「…それは…、まぁ…そうじゃのう…」 「長局には、上様の側室の座を狙う嫉妬深き中臈たち、そしてあのお津重殿がいるのです。新たに御子を宿したと知れたら、お方様がまたどのような仕打ちを受けるか分かりませぬ」 三室の話しに、控えていた六條は大きく頷いた。 「それは確かに。御犬子供らの話しによると、お津重殿が、お志保の方様に仕える部屋子の千瀬殿を打擲(ちょうちゃく)する光景を見たことがあるとか?」 「何と、それが事実ならば由々しきことではないか…っ」 何という不埒な女であろうかと、月光院は眉間に縦皺を寄せた。
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