Ⅰ. 桜子

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 伊織の言葉を借りれば三人の中で唯一「真っ当な」社会人であるわたしの勤め先は、ホットヨガスタジオを運営している会社だ。例の少し大きな街の駅前のロータリーに面した雑居ビルの中にスタジオがあり、わたしはそこで働いている。  ヨガスタジオで働いているとはいってもヨガのインストラクターのような格好いいものではなくて、フロント業務、清掃、事務作業その他諸々。要は、何でも屋。  微かに消毒薬の匂いのする若干くたびれたエレベーターを5階に上がると、「Hot & Beauty Studio」とロゴの入ったガラスの扉がある。入ってすぐにある受付のカウンターが、わたしの主な仕事場だ。そもそも学校を卒業した時点でヨガやスポーツに興味があったかと問われればそういうことではない。ただ、わたしが卒業した時には就職難で、大してスキルもないお行儀がいいだけの短大生(しかも名もない地方の短大の)を喜んで雇ってくれる企業などなかったのだ。何十社もの面接に出向き、面接官のセクハラまがいの質問に四苦八苦していたわたしの目に飛び込んできたのが、就職情報誌に掲載されたヨガスタジオの求人情報だった。
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