Ⅰ. 桜子

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 安定した待遇と、充実の福利厚生、週休2日制、祝日、年次有給、慶弔休暇等。面接官の感じも良かった。もうそれだけで十分すぎるくらいだった。そんな訳で、わたしがこのスタジオで働き始めてからもう4年になる。4年!気の遠くなるような時間だ。特にスキルが身についた訳でもなく、ただ漫然と仕事をこなす日々。たまにどうしようもなくため息をついてしまうこともあるけれど、それでも定職があって毎月お給料をもらえるということは、恵まれているのだと思う。  タイムカードを押して、ロッカーで制服に着替える。青いポロシャツとぴったりとした黒いパンツ。クラスが終わった時のスタジオの清掃も社員の仕事なので、清潔感があって動きやすい服装が必須なのだ。こんにちは、と挨拶をして鹿野(しかの)さんがロッカーに入って来た。子供が二人いるという鹿野さんはもう30代後半になるらしいけれど、とても若々しくて、いつも元気だ。長い髪を後ろできれいにお団子にして、アイメイクもばっちりしている。 「桜子ちゃん、例の社会人の彼氏は元気?」  鹿野さんはわたしの私生活に興味津々らしくて、いつも色々な質問を投げかけてくる。  「だって、結婚して子供が出来たら、もう自分は恋愛したりやんちゃしたりできない訳じゃない。だから若い子の最近の恋愛事情とか、どんな生活してるのかとか、興味があるんだよう」 鹿野さんは子供みたいに口を尖らせて言っていたりする。わたしはつい苦笑してしまう。 「いや、わたしの生活なんて地味ですよ。こうやって仕事と家と往復して、たまに奮発してシモーヌのケーキ買って帰るくらいです」
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