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大晦日の話をしよう。
その年の冬は、特に寒くて、空は毎日厚い灰色の雲に覆われていた。
「さくらこちゃんと美月は、正月どうすんの?」
そう伊織が尋ねた時、わたしは両手の爪にネイルを施していた。女の子らしいお洒落に余り興味はないけれど、ネイルだけは好きだ。短く切った爪に、こってりとしたネイビーを丁寧に丁寧に重ねていく。ヨガスタジオは、ごてごてとした飾りがついていなければ、ネイルの色に関しては比較的寛容な職場なのだ。
一塗り目は夜明けの空の薄い水色、二度塗りすると夕方のほの暗い空の色。三度目に塗る時には、真夜中の空の色になる。シックな色ばかりを好んで塗る私に、最初の頃伊織は言った。
「女の子って、もっとふわふわした色を付けるんだと思ってた。ピンクとか、ピンクとか、あとピンクとか」
ピンクばっかりじゃん、とわたしは笑った。
「昔から、女の子っぽい色ばかり着せられてきたの。ピンク色のワンピースとか、菫色のフリルのブラウスとか。わたしみたいに頭の良くない子は、見た目で勝負っていうのが母の持論だったから」
だからこれは、わたしのちょっとした反抗なの。ネイビーを重ねながら言うわたしの手元をのぞき込んで伊織は言った。
「へえ、見てみたかったけな。全身ピンク色のさくらこちゃん」
「絶望的な気分だったよ」
似合うか似合わないかは別として、「見た目で勝負」という重荷を背負わされて着るピンクはじわじわとわたしの心を締め付けた。猿回しのサルが自分の意志とは関係なくいかにも客受けしそうな衣装を着せられた時の気持ちってきっとあんな感じ。まあ、サルの気持ちは実際には分からないけれど。
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