Ⅰ. 桜子

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「そして、おひめさまはおうじさまとけっこんして、ずっとしあわせにくらしました」   膝の上に広げた絵本。薄暗いリビングの片隅。窓が開いているわけでもないのに、外ではしとしとと雨が降っているのが分かる。灰色の風景の中で、わたしは、小さな木の椅子に腰かけて、絵本に見入っている。   ページには、真っ白いレースやリボンでふんだんに飾り付けられたドレスを着たお姫様が描かれている。周りには色とりどりのお花がちりばめられて、動物たちが祝福の笑顔を浮かべている。  つるつるに加工されたページの上に指を滑らせると、きゅっきゅっと音がする。花に囲まれて幸せそうな微笑みを浮かべる花嫁。 「おひめさま、すてきだね。桜子(さくらこ)ちゃんも、おひめさまになっておうじさまとけっこんできるといいね」  誰かの甘ったるい声に応えて、記憶の中の自分がこっくりと頷く。でも、その声は続けた。 「桜子ちゃんは、見た目以外取り柄がないんだもの。ちゃんとした王子様を見つけて、幸せにしてもらわないと」  声に嘲るようなトーンが混じった。  お母さんだ。  そう思った瞬間、お腹の上に生き物の温かい気配がして、目が覚めた。
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