Ⅰ. 桜子

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 12月31日の朝は、休日にしては珍しく早起きして三人で部屋の掃除をした。日頃気付いた時にはちょこちょこ掃除しているつもりでも、テレビ台の奥は埃だらけだし、ソファのカバーには煙草の匂いが沁みついている。伊織が風呂場でじゃぶじゃぶとカーテンを洗濯している間に、わたしは台所の拭き掃除をした。長袖のシャツを肘の上まで捲って、シンクを、金だわしでごしごし、とこする。こびりついていた汚れが落ちて、きらりとした銀色に変わって行くのを見るのは爽快だ。気付けば、前かがみになってその作業に没頭していた。額にじんわりと汗をかく。足元にまとわりついていたコタツが今日は相手をしてもらえないことを悟ったのか、諦めたようにキッチンから出て行った。  つけっぱなしのラジオから、どこかで聴いたことのあるような曲が次々と流れてくる。 「音楽を聴きたいなら、スマホで流せばいいじゃん」  伊織は言うけれど、美月とわたしはラジオ派だ。美月は言っていた。 「ラジオって雰囲気を作る力があるんだよ。ラジオがかかってるだけで、その場がちゃんと物語の一場面になるっていうかさ。その場にラジオがあるかないかで、世界ががらりと変わるんだ」
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