Ⅰ. 桜子

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 ねえ、さくらこちゃん。そう言って伊織がこちらに助けを求める。まるでしょげ返った子犬のような表情に、思わずよしよし、と頭をなでてあげたくなる。 「掃除終ってからやればいいじゃん」 「バッカお前、こういうのは思い立った時にやるのが一番おもしれえんだよ」 「お前掃除したくないだけじゃんか」 「掃除なんかな、やりたい奴がやればいいんだって」 「あーもうわかった。お前もうリビング出禁ね、出禁」  わたしは、きゃんきゃんと言い合う二人の姿を心に収めるように、じっと見つめた。気付いた伊織が、さくらこちゃん何やってんの?と問いかける。 「おバカ二人を眺めて心の中で笑ってる」  そう答えると、ひどいなぁ、とむくれてみせた。つけっぱなしのラジオから、曲が流れ出す。美月がサビに合わせて伸びやかに歌う。 過ぎ去った日々を懐かしむ歌。もう戻れないことが分かっているのに、人はいつだって後ろを振り返ってしまう。 「美月、次のライブいつ?」 「来月。お前ら見に来いよ。」 「えー美月の歌聴いてもな。家でいつも聴いてるしな」 「バッカ、お前。音響がいいところで聴いたら感動するって」
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