Ⅰ. 桜子

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 白と茶色を基調としたカフェには、十分なスペースを取って木製のテーブルが配置されていている。少し遅めの時間と言うこともあり、客の姿はまばらだ。お洒落なカフェの一画で向かい合って昼食を食べる自分と美弥子は、いかにも普通のOLという風に見えるのだろうな、とわたしは思う。スプーンを持つ美弥子の指先には、つるんとしたピンク色のネイルが施されている。細い指に、シンプルなゴールドのリングが良く似合っている。この女友達と一緒にいると、わたしはいつもほんの少しの居心地の悪さを感じる。常識的で正しいものに対する、それは引け目のようなものかもしれない。  美弥子とは、ヨガスタジオの同期だ。口数の少ないわたしに、美弥子は何故か興味を示して、自分の通っていた料理教室に入るよう、誘ってくれた。当時私はまだ一人暮らしをしていて、料理はわたしの数少ない趣味の一つだった。 彼女は、初めて会った時からわたしの保護者然としていた。 「桜子はなんだか危なっかしくってほっておけない」  真面目な顔をしてそんなことを言った。彼女自身は、ほどほどに仕事をこなして、「早く結婚して子供を産んで、愛情たっぷりの料理で育てたい」という至極真っ当な理由で料理教室に通っていた。そんな彼女だから、わたしが今の部屋に住むことを決めた時には、かなり渋い顔をしていた。 「だって桜子、いくらいい人達とは言え、付き合ってもいない男二人と一緒に住むのって一般的ではないからね」  一般的ではない、と美弥子が口にすると、それはなんだかとても批判的に聞こえて、わたしはわずかにむっとした。
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