Ⅰ. 桜子

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 ジー、ジー、とセミのなく声が微かに聞こえる。東向きの窓から、8畳程のリビングにたっぷりと朝の陽ざしが差し込む。狭いソファに横になったまま自分のお腹の上を見ると、コタツが前足できゅっきゅっとわたしのお腹を踏んでいた。 「コタツ、起こしてくれたの?」  にゃあん、と甘えた声で鳴くコタツの耳の後ろをそっと撫でる。生き物の優しいぬくもりが、不穏な夢の名残を上書きしてくれた。満足したのかひょいと飛び降りて台所に向かったコタツを目で追ってごろりと寝返りを打つ。頬に触れる麻のソファカバーの冷たさが心地よい。  そのまま仰向けになって、Tシャツから出た腕をうーんと思い切り伸ばして伸びをする。空中で両方の手をぱっと開いて、指越しに白い天井を眺めた。クーラーでひんやりと冷やされた部屋の中。ソファーの隣りで、テレビゲームに熱中している伊織(いおり)の背中が目の端に入った。 伊織はこちらに目も向けずに「あ、さくらこちゃん、起きた?」と言う。
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