Ⅰ. 桜子

4/32
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/145ページ
 「起きた」と答える自分の声は、まるで寝ぼけた幼子のように頼りなく聞こえる。憂鬱な夢だったな、とわたしは考える。背景も登場人物もおぼろげなその夢は、物寂しい雰囲気だけを心の中に残してどこかに消えてしまった。こんな時には、起きて一人ぼっちじゃなくてよかった、と心から思う。 「美月(みつき)は?」 「まだ帰ってない」 「ふうん」  ぼんやりと寝転がったまま、チェックのシャツを羽織った伊織の、男の子にしてはほっそりした背中を眺める。後ろ姿が、ゲームの音楽に合わせて小刻みに動く。こたつの上の灰皿には煙草の吸殻がこんもりと積み上がっている。徹夜でゲームをしていたのだろう。そう言えばわたしはいつ寝たんだっけ。きりのよいところで自分の部屋に帰ろうと思っていたのに、ぼんやりとゲームを眺めていたらそのままソファで寝入ってしまったのだった。  開いた窓から生暖かい風が吹き込んで、白いカーテンがゆらゆらと揺れる。その動きに合わせて、部屋の中に光と影が交差する。エアコンがついていても、この部屋の窓は必ず開け放されている。煙草の煙がこもるからさ、と伊織はいつも言い訳のように言っていた。ちょっと電気代高くなっちゃうけど、新鮮な空気には代えられないっしょ。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!