Ⅰ. 桜子

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 この部屋の中は、まるで水槽みたい。ひんやり、ゆらゆら。  伊織がゲームの音量を上げる。わたしが寝ている間は音を消していてくれたらしい。ちゃらららん、と、勇ましいゲームの音楽が流れる。 「さくらこちゃん、仕事は?」 「今日は遅番だから、昼から」  ようやく身体を持ち上げて、両足をフローリングの床に降ろした。よいしょっと弾みをつけて立ち上がり、裸足のままぺたぺたとキッチンに向かう。この3LDKのマンションは、古いけれども設備はちゃんと整っていて、対面のキッチンからリビングを見渡せるところがわたしは気に入っている。  フローリングのひんやりとした感触を足の裏に心地よく感じながら、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出してごくごくと飲んだ。冷たい感触が喉を通って食道を滑り落ちていく。喉がすっきりしたら途端にお腹が減ってきた。食料を求めてシンクの下の扉を開けると、カップラーメンが三つ、ひっそりと並んでいた。まるで、扉を開けられるのを待っていたかのようなお行儀のよさだ。わたしは足の裏をペタリと床につけて、膝を抱えてしゃがみ、扉の中を覗き込んだ。その姿勢のまま、伊織に声をかける。
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