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ぶはっと伊織が噴き出した。
「お前、今適当に思いついただけだろ」
ほんっといい加減だな。けたけたと笑う伊織を眺めて、美月は得意そうな笑みを浮かべた。他の人達といると無表情な伊織が、わたし達といる時には声を出してよく笑う。わたしは密かにそれが自慢だったし、きっと美月も同じだったろう。
ボニーとクライドが1930年代のアメリカに実在した凶悪犯カップルの名前なのだとわたしが知ったのは、それから随分と後のことだった。人の自転車に凶悪犯の名前を付けるとは、まったく迷惑な話だ。「映画にもなったんだぜ」と美月は何故か得意そうに言っていた。けれど、強盗や殺人を繰り返した犯罪者カップルについての映画なんて碌なもんじゃないに違いないと、そこは伊織とわたしの意見が一致したので、わたしたちがその映画を観ることは無かった。それでも、ボニーという名前はわたしの水色の自転車にしっくりくるような気がして、そのままになっている。
ボニーのサドルが日に焼けて熱くなっている。わたしはボニーの鍵を外すついでにクライドのシートをぽんぽん、と叩く。先ほどまで美月を乗せて走っていたのであろうクライドは、やっと休憩できてホッとしているように見えた。
「あんたもお疲れ」
そうクライドを労ってから、ボニーのペダルをぐいと踏み込んで、ゆっくりと漕ぎ出した。
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