1.ビンボー映画を楽しもう

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『ロッキー』1976年  シルベスター・スタローンは子役の頃からキャリアを積む俳優だ。暇には脚本を書いて持ち込んでいた。  エージェントから連絡があった。ボクシング物の脚本を買い取ると言う。ロバート・レッドフォード主演の企画にしたいようだ。  スタローンは拒否した。この脚本は自分が主演するのを前提にしている、と主張した。  結局、スタジオは映画の製作を許可した。が、製作予算はレッドフォードの出演料の半額以下!  撮影が途中で頓挫しても、レッドフォード主演の新作のパイロットフィルムにするつもりだったのかもしれない。大作映画の前には、カメラテストと称するフィルムを作るのがハリウッドの恒例だ。  監督となったジョン・G・アヴィルドセンの仕事は、脚本の書き替えから始まった。予算内で製作するためには、エキストラが必要なシーンを極力カットしなければならない。  脚本の権利はスタローンが持っているので、撮影現場には監督が二人いるような状態となった。でも、ケンカはできない。予算内で仕上げるには協力と妥協が必須だ。  監督がロッキーに与えた個性は、冒頭場面のもごもごしたしゃべり方。いかにも下町のチンピラな、半分どもりな語り。この辺、日本語ふき替え版は、ニュアンスの半分が消えてしまう。もちろん、後半では世界タイトルへのチャレンジャーらしくなり、シャキシャキしゃべるけどね。  ボクシングジムの場面では、多めのエキストラが必要になった。でも、衣装はボクシングのトランクスくらい。安く上げた。  ロッキーのロードワーク場面は、ほとんどがゲリラ撮影で行われた。しょぼい機材で、街の人は学生映画くらいに思っていた。  市場を走り抜ける時、ロッキーに果物が投げられる。店の人が気を利かせて、貧乏そうな撮影隊に差し入れしてくれた。そのまま完成した映画に残された。  閉ざされたスケート場ではゲリラ撮影ができない。  夜、管理人に賄賂を渡し、二人だけで滑るシーンとした。  いよいよ試合だが、満員の会場を見て、ロッキーはびびってしまう・・・は予算的に不可能。  無人の会場にアポロとロッキーの写真を吊し、ロッキーだけを置いた。  ロッキーの孤独を表す名場面となった。  アポロの入場シーン、通路に大勢の観客がいる。  実は、近くの老人ホームに声をかけ、無料で出演してもらった。  この試合、ロッキーは勝つべきか、議論なった。とりあえず、勝っても負けてもアフレコで処理できるように撮影した。  ロッキーが最も望むのはエイドリアンだ、監督は決断した。  試合終了、ほとんどセリフらしいセリフが無かったエイドリアンが叫ぶ「ロッキー!」  ロッキーは何より欲しかったエイドリアンとの熱い抱擁を手に入れる。  レッドフォード主演だったら、美女とチャンピオンベルトを両手にニヤリとした場面だ。ほぼ無名のスタローンだったから、あのエンディングが可能になった。  音楽を担当したビル・コンティは、予算の少なさを嘆いた。  メインテーマにコーラスを入れようとしたけど、プロデューサーから却下された。やむなく、近所の人を誘ってコーラスをいれた。ギャラはランチ代だけだった。少し調子外れなコーラスは、素人を寄せ集めたから。年末の第九かよ。でも、大作ではない映画の雰囲気には合った。  そう言えば、荒井由実の『ルージュの伝言』は、バックバンドの下手くそさにお蔵入りとなりかけた。コーラスをかぶせてみれば、薄味なバックバンドの演奏が生きて・・・大ヒットとなったそうな。  
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