69人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話 勝気な女子に嫌がらせで告られた‼︎……告らされた‼
昨日からずっとついていないことが続いているが、今日も続きそうだ。
あの石野さんと話をしなければいけないと思うと気が重い。
午前中の授業は平穏に終わり、昼休みになった。石野さんは今日が当番だ。
休み時間は短いので教室の移動があったりして話す時間がないかもしれないし、トイレに行ったりして席にいないかもしれないから、石野さんに話をしに行くなら昼休みしかない。
だが、僕はなかなか立ち上がることができなかった。
「どうしたんだ? 早く行かないと食堂いっぱいになるぜ」
僕はいつもは食堂に食べに行く。うちの学校の食堂は安くてボリュームがあり、味もそこそこいいので弁当を持って来ずに食堂で食べる生徒が多い。そのため、ちょっと出遅れると並んで相当待たないといけない。これまでは一緒に食堂で食べていた紀夫だが、カノジョができてからは、弁当を作ってきてくれるので、カノジョといつも一緒にどこかで食べている。
「うん。ちょっと用事があって先にそれを済ませないといけないから」
「だったら、早く済ませた方がいいんじゃないか。昼飯を食う時間がなくなるぜ」
グズグズしている僕を見て紀夫は心配そうに言う。
「そ、そうだな。紀夫、石野さんって知ってるか?」
紀夫は友達が多い。ひょっとしたら石野さんの情報を何か持っているかもしれないと思った。
「石野って、D組のか?」
僕が頷くと、紀夫の顔が歪んだ。
「直接は知らないが、性格は最悪らしいな。評判悪いぞ。特に、女子に。なんだ石野に用事か? 告りにいくのか?」
「まさか。石野さんは図書委員だからそのことでちょっと話があって……」
「そうか。まあ気をつけてな。あっ、来た。飯食ってくるわ」
紀夫が立ち上がる。カノジョが入口で手を振っているのが見えた。
なんだ最後の気をつけてなというのは? いきなり噛み付かれたり、殴られたりするのか?
ますます気が重くなっていく。なんとか決心をして立ち上がると、教室を出た。
僕は文句を言ったり、突っ込んだり、愚痴ったりするが、それはあくまでも心の中だけで、実際に口に出して言うことはない。僕は平和主義者だ。人と喧嘩したり、争ったりしたくない。
僕が我慢して済むことなら我慢することにしている。そして、女子と話すのはすごく苦手だ。話さなくて済むなら話したくない。僕はこの役目に一番不適任だと思うんだが。
グズグズと頭の中で色々考えているので、足がなかなか前に進まない。A組からD組に行くまでにとてつもない時間がかかった。やっとのことで、僕はD組の前に立った。
できれば石野さんが昼ご飯を食べに行って席にいないでほしい。そうすれば、会えなかったという言い訳ができる。
「澤田。珍しいな。誰かに用か?」
D組の顔見知りが僕を見て、声をかけてきた。
「ああ。石野さんいるかな?」
「石野? ああ、あそこにいるよ」
窓側の一番後ろの席を指差す。
やっぱりいるのか。僕の願いは無残に打ち砕かれた。
指された方を見ると、石野さんとおぼしき女子の周りを3人の女子が取り囲んで何か話をしている。友だちがいないと聞いていたが、意外と人気者じゃないかと思って、少し気軽になり石野さんの方へ近づいていった。
「石野さん、私と和也が付き合っていること知っているわよね。それなのになんで和也にちょっかいを出すわけ?」
石野さんを取り囲んでいるうちのショートヘアのちょっと気の強そうな子の声が聞こえてきた。お取り込み中のようなので、少し離れたところで大人しく順番を待つことにする。
「あなたが誰と付き合ってるかなんて知らないし、別にちょっかいなんか出していないけど」
思いのほか低音で気だるそうな石野さんの声がした。僕の単なる思い込みだが、石野さんの容姿からもっと高い声の人だと思っていた。
「うそ。だったら、どうして和也と喫茶店に行って、お茶してたのよ?」
ショートヘアの子は噛みつきそうな顔で食ってかかる。
「あれは奢ってくれるって言うから行っただけよ。別に一緒にお茶飲むぐらいいいでしょう」
石野さんが面倒臭そうに言う。
「お茶飲んだだけじゃあないでしょう?」
「私、見たんだから。山田君にキスしてたでしょう。恵美のカレシって知ってるくせに」
今度はポニーテールの子が火に油を注ぐようなことを言う。ショートヘアの子はどうやら恵美というらしい。
「ああ」
石野さんはつまらなさそうな声を出した。
「何が『ああ』よ」
恵美さんの怒りはおさまらない。
「奢ってもらったから、何かお礼をしないといけないと思って、何がいいって聞いたらキスだって言うからしてあげただけよ。あんなの挨拶程度よ。気にすることないわ」
石野さんはまったく何でもないように言う。
「キスが挨拶程度ですって!! あなた、なに人よ」
恵美さんは眉を逆立てた。
「本当に軽いわね」
今まで黙っていたツインテールの女の子も同調するように言う。
そりゃあ怒るわな。いくら何でもそれは駄目でしょう、石野さん。ここは日本だからその言い訳は通用しないでしょう。
「そんな言い訳通用すると思ってるの!!」
ほらね。恵美さんも怒っているでしょう。
「ああ、ウザい。そんなに大事なら他の女にちょっかい出さないように首に鎖でもつけて縛り付けてたら。それにあの男がそんなにぎゃあぎゃあ騒ぐほどの男?」
石野さんが軽蔑するように恵美さんを見る。
「自分が誘っといてよくそんなこと言えるわね」
「はあー、わたしが誘った? 誰がそんなことを言ったの?」
「カレよ」
「ホント、つまんない男ね。カノジョが怖いから嘘をつくなんて」
「カレは嘘つかないわ」
恵美さんがヒステリックな声をあげた。
「カレシがわたしについてくるのはあなたに魅力がないからでしょう。あなたに魅力があるなら他の女についていかないわよ。人に文句言う前に自分の魅力のなさをなんとかしなさいよ」
石野さんが目を細めて睨みつける。なかなか迫力のある顔をしている。
「なんですって」
恵美さんの顔が怒りで真っ赤になる。
「もうやめなよ。こんな子にいくら言っても無駄だよ。どうせ顔だけの子なんだから。もう行こう」
ポニーテールの子が恵美さんをなだめるように言う。
「そうよ。相手にしちゃダメよ。行きましょう。顔だけで頭は空っぽなんだから」
ツインテールの子も追従するように言った。2人に促された恵美さんはすごい目つきで石野さんを睨みつけて教室を出て行く。
石野さんが人のカレシを取るし、男関係が派手ということで女子たちに評判が悪いという噂はどうやら本当のようだ。
「バアーカ」
石野さんは不機嫌な声を出すと、机に突っ伏した。
僕は固まったまま動けない。どう見ても石野さんは不機嫌じゃないか。あんなに怒っている石野さんに話をしないといけないのか? 思わず、このまま自分の教室に戻ろうかと思った。
しかし、図書委員長の役目として来た以上何も言わずに帰るわけにはいかない。
僕は一つ大きな深呼吸をして、石野さんに近づいていった。
石野さんの横に立ったが、石野さんは気付かないのか顔を伏せたままだ。
「石野さん」
机に突っ伏している石野さんに声を掛ける。
「今度はなに?」
明らかに不機嫌な声で石野さんが顔を上げた。
「ちょっと話があるんだけど」
僕は顔を引きつらせる。
「澤田君?」
意外そうな顔をして僕を見つめる。名前を呼ばれてビックリした。どうして石野さんは僕の名前を知っているんだ? 石野さんとは接点がないし、僕はまったく目立たない存在だ。
「どんな話?」
石野さんは僕が立っているのとは反対の窓の方に顔を向けた。
僕にはまったく興味がないということかな。それとも僕の顔を見たくもないってことか。
石野さんにそんなに嫌われるようなことをした記憶はないが。まあそんなことはどうでもいいや。要件を済ませてさっさと戻ろう。
「石野さん、図書委員だよね?」
恐る恐るという感じで聞いた。
「そうだったかしら?」
「そうだったかしらって。違うの?」
「そういえば、くじ引きでなんかそんなのに当たったような気がするけどよく覚えてないわ」
よく覚えてないって。そんな無責任な。
「先生からも言われていると思うけど、図書委員には、図書当番っていうのがあるんだ。今日、石野さん、図書当番だから放課後、図書室に行ってください」
「行かない」
「行かないってどういうこと? 石野さんは図書委員会に一度も来てないから、知らないかもしれないけど、図書委員はだいたい2週間に1度は図書当番をするように決まってるんだよ。だから石野さんも図書委員だからちゃんと当番をしてくれないと」
『行かない』と言われても、そうですかと簡単に引き下がるわけにはいかない。
「嫌よ。くじ引きで無理矢理やらされたんだから、そんなことやらないわ」
石野さんの理屈は無茶苦茶だ。図書委員なんか僕のような変わり者以外なり手はなかなかいない。だから、各クラスでジャンケンやくじ引きで決めたりする。そして当たった人はたとえ嫌々でも図書委員の仕事をちゃんとする。それが当たり前だ。
そうでなければ図書室の運営ができなくなる。そんなことは小学生でも分かることだ。
「そんな言い訳は通用しないよ。みんな、嫌でも我慢してやってるんだ。やらないなんて不公平だろう」
だんだん腹が立ってきた。あまりにも石野さんは無責任すぎる。僕は大声を出したことはほとんどない。だが、今回ばかりは声が大きくなっていく。
「おい。澤田が怒っているぞ」
「澤田君? どうしたのかしら? 珍しい」
教室の中がざわついてくる。
「つまり、嫌なことを我慢している人がいるんだから、嫌でも我慢してするのが公平だって、澤田君は言っているのよね」
石野さんが僕の方に顔を向けた。間近で初めて見た。ギャルメイクをしてケバい感じはするが、くっきりとした濃い眉に少し吊り上がっている切れ長の大きな目、鼻筋の通った高い鼻、真っ赤なルージュを引いたふっくらとした唇という外国人モデルのような噂通りの美人顔だ。
「簡単に言えばそういうことかな」
少し興奮していた僕はよく考えずに応えてしまった。
石野さんはゆっくりと立ち上がって、僕の前に立つと、見下ろすように見た。僕よりも10センチ以上高い。遠くから見たときよりもさらに大きく見えた。腰までありそうな明るいブラウンの髪の毛を編んで一纏めにし、右胸の前に垂らしている。手足も長く、胸の膨らみもしっかりあるモデル体型だ。
「じゃあ、澤田君は図書委員の仕事が嫌なの」
160センチしかない僕は石野さんに見下ろされると、威圧されているように感じる。だが、僕も負けずに見上げて石野さんを睨んだ。
「僕は嫌じゃないよ。好きだよ。だけど、嫌だと思っても当番をしている人もいるんだから石野さんにもしてもらわないと不公平だと言っているんだよ」
石野さんが一瞬、ニンマリと笑ったような気がした。
「澤田君は、わたしみたいなのは嫌いでしょう?」
「えっ」
急に何を言うんだ。今そんなこと関係ないじゃないか。
「どうなの? 好き? 嫌い?」
嫌いだ。自分勝手で責任感のない石野さんみたいなタイプは大嫌いだ。
「好きではないかな」
だが、面と向かって女子に嫌いとは僕には言えない。
「じゃあ、わたしなんかと付き合うのはすごく嫌でしょう?」
嫌だ。絶対に嫌だ。こんな女子と付き合ったら、振り回されるだけ振り回されるに決まっている。そんなのはごめんだ。
「そ、そうかも」
でも、僕は気が弱い。やっぱりそうだとははっきり言えない。
「そう。だったら、わたしと付き合ってくれたら、図書当番してあげる」
「えー」
僕だけでなく周りで聞いていた生徒からも驚きの声が上がった。
「なんで僕が石野さんと付き合わないといけないんだ。図書当番となんの関係があるか分からない。それに石野さんは僕なんかにまったく興味がないでしょう」
顔を背けるぐらい興味がない男と付き合おうと言う石野さんの気持ちが分からない。
「嫌がらせ」
石野さんが低い声でボソっと言った。
「嫌がらせ?」
なんで僕が石野さんから嫌がらせをされないといけないんだ。
「澤田君は嫌なことを我慢してやっている人もいるんだから、わたしも嫌なことを我慢してやるのが公平だと言ったわよね」
そんなようなことを言ったような気がする。僕は頷いた。
「じゃあ、澤田君の言うとおりにわたしが図書当番をしたら、嫌なことを我慢してわたしはすることになるわ。でも、澤田君は図書当番することは嫌じゃないんだよね」
たしかに嫌じゃない。僕はまた頷いた。
「それじゃあ澤田君は嫌なことをやってないじゃない。わたしには嫌なことを我慢してやらせといて自分が嫌なことをしないのは不公平じゃない?」
石野さんの綺麗な顔が必要以上に近づいてくる。僕は好きでもないのにドギマギしてしまい、冷静に考えられなくなってきた。
「それで嫌がらせで僕と付き合うというの?」
「そうよ。わたしが嫌なことを我慢してするんだから、澤田くんにも嫌なことを我慢してやって欲しいわ。そうじゃないと不公平なんでしょう。違う? そんな不公平なことをわたしにだけさせようっていうの? わたしの言っていること間違っている? どこか間違っている?」
さらに石野さんが顔を近づけて畳みかけてくる。見下ろされるだけでも威圧感があるのに、さらに美人顔を近づけられるとドキドキしてしまい、頭がうまく働かない。
「僕が石野さんと付き合えば不公平じゃないっていうこと?」
石野さんの理屈は絶対おかしいんだが……。
「そうよ。澤田君はわたしと付き合うのは嫌なんでしょう? わたしに嫌なことをさせる以上澤田君も嫌なことをしてよ。わたしと付き合う? それともわたしにだけ不公平なことを押し付けて知らん顔するわけ? 澤田君はそれで平気なの? 澤田君はそんな人なの?」
ダメだ。いくら考えても石野さんの言い分のどこが間違っているのか分からない。付き合うことを断ったら、たぶん当番をしないと石野さんは言うだろう。別にそれで司書の先生に駄目でしたと言えば、先生は何も言わないだろう。だが、ちゃんとしている人がいるのに自分はしたくないからしないという理屈を僕はどうしても許すことができない。
僕が我慢すればいいんだ。僕は女子に気に入られるような話をすることもできないし、イケメンでもない。なんの取り柄もない僕に石野さんはすぐ飽きて別れるって言うだろう。少しの間辛抱すればいいんだ。それぐらいなら我慢できる。
「分かった。付き合うよ。その代わり当番と委員会には必ず出てよ」
石野さんが不満そうな顔をした。言う通りにすると言っているのに何が不満なんだろう。
「別に無理して付き合ってもらわなくてもいいわよ。わたしは別に図書当番なんかしたくないんだから。澤田君がわたしと付き合いたいって言うなら別だけど」
僕なんかに自分から付き合ってくれって言うのはプライドが許さないということか。もうこうなりゃヤケだ。
「石野さん、僕と付き合ってください」
「いいわよ」
石野さんがニコッと笑った。これで断られたら、殴ってやろうかと思った。もちろんそんなことは僕には出来ないだろうけど。
「じゃあ、今日は当番だから必ず図書室に行ってよ」
僕がそう言うと、石野さんが突然手を出した。握手かな? 石野さんの手を握った。
「何してるの?」
石野さんが不思議そうに僕を見る。
「握手」
「なんで握手をしないといけないの。バカじゃないの? わたしと付き合うんでしょ。どうやって連絡し合うのよ!!」
アドレスとかスマホの番号を教えろっていうことね。だが、スマホも書くものも持っていない。
「ごめん。書くもの持ってないよ」
「ここに書いて」
石野さんは何かのノートの一番後ろを開けると、シャーペンを僕に渡した。僕はスマホの番号とメールアドレスを書いた。
「わたしのは後でメールするわ」
石野さんはそう言うと、用事は終わったと言わんばかりに机に突っ伏してしまう。
僕は極度の緊張と精神的疲労で、フラフラしながら教室を出た。
最初のコメントを投稿しよう!