射撃訓練場前

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射撃訓練場前

1944年8月5日 午前九時 茨城県水戸市 陸軍駐屯地射撃訓練場前。  どこまでも続く青空の下に、分隊士の怒号が鳴り響く。  「貴様らぁ!そこに並べ!!」 二十名余りが足音と砂煙を上げながら素早く四列分隊に整列した。  分隊士は整列した我々の前で偉そうに踏ん反り返りながら、「貴様ら、弛んどる!!いいかぁ。俺は確かに九時にここに集合しろと言った。お前ら何時にここに来た!」 と周りの蝉達にも負けない様な大きな鳴き声で問い掛けてくる。  しばしの沈黙の後誰かが、「約5分前の8時55分です。」と返答する。  すると分隊士は、待ってましたと言わんばかりのスピードでその発言に反応して、 「そうだ!そのとおりだ!貴様ら満足しているが5分前では遅すぎるんだよ!!10分前には来て、準備体操を済まして整列しておくべきだろう!」 と熱弁を始めた。  僕はこの真夏の太陽にも劣らない熱さで詭弁を続ける分隊士に呆れる事しか出来なかった。  どう考えても理不尽だからだ。私的訓練ならともかく、公式の訓練なら例え準備運動でも僕らは勝手に始める事は出来ない。  ルールでそう決まっているからだ。 融通が利かないと思われるかもしれないが、ルールを破ると鉄拳制裁が飛んでくるから仕方が無いのだ。  だが今ルールを守って怒られている。ルールを破ったら殴られ、ルールを守っても怒られる。こんなに理不尽な事はない。 理不尽な分隊士に憤りを感じていると、隣りにいた同期の高橋アンドリュー前を向いたままが話しかけてきた。 「熊の奴うるさいなぁ。今日は特に不機嫌じゃないか?」 一部の奴らは分隊士の事を軽蔑して熊と呼んでいる。 「うるさい。黙れ。」僕は簡潔に返答する。 するとアンドリューが、 「何だよ。つれないなぁ」などと抜かすから僕は、 「見つかって巻き添えくらうんはこっちなんよ。ええ加減にせえよ。」と正論で彼のことを殴った。  すると、分隊士はこちらの話し声に気付いたのか演説を中断してこちらに向かってきた。  若造に話を無視されたのが癪だったのだろう。トマトみたいに顔が赤くなっている。  分隊士は僕らのところまで来ると、 「誰が話していた?」と問いかけてきた。 すると、アンドリューの大バカ野郎が黙ってれば良いものをバカ正直に 「自分であります!」とハキハキと答えた。  それを聞いた分隊士は、急に気持ちの悪いニヤつきを顔に浮かべながら「そうか。そうだろう。」と納得した。  そして、「おかしいと思ったのだ。日本人なら人の話を聞かないなんてことしないからなぁ!!。」と言うと、納豆のように粘つきがある低い声で、「だがお前なら納得出来る。なぜならお前はアメリカ人だからだ!」  アメリカ人に親を殺されたのかと思うほどの言い掛かりだ。  いや、きっと親をアメリカ人に殺されたのだろう。そうで無ければこんな狂った理論を皆の前で堂々と、発表出来る訳無いのだから。  少なくとも僕はそう思った。  僕がそんな事を思ってる間にも分隊士によるアンドリューへのイジメは続いていた。  「貴様。最近連隊長殿から直々に兵士の英語教師を頼まれたからと言って調子に乗っておるな?しかも、それだけでも名誉な事なのに貴様は報酬など要求しよって、恥を知れ!自分は特別だと思い上がっておるのだろう!!」  「いいか!お前はアメリカ人だから日本人らしさが足りん。だから指導してやる。歯ァ食いしばれぇ!」  そう言うと分隊士は「指導!!」と言いながら帽子が落ちるほど体全体を使いながら右手でアンドリューの左頬を全力でビンタした。  銃の発砲音かと聞き間違うほどの音がアンドリューの左頬から発せられる。  そしてアンドリューは体の右半身が下になるように倒れ、顔は地面についた。  それでも満足しないのか分隊士は、落ちた帽子を拾いながら。 「立てぇ!軟弱者!」と怒鳴りつける。  アンドリューは立とうとするがその度に分隊士が軸足を払う。  それが何回続いただろうか。アンドリューがこかされる度に右手を血が出るほどの強さで握りつづけ…  もう我慢ならん!殴り殺してやる。と意を決してあの腐れ熊に飛び掛かろうとする。  その直前!  「なんだ!何事だ!」 アンドリューを救う一本の蜘蛛の糸が垂らされた!  アンドリューは堪らず叫ぶ! 「しょ、少尉殿!」  少尉こと中村正はアンドリューの方に一瞬目をやり、分隊士を睨みつけた。 「分隊士。これは一体どういう事なのか説明してもらおうか。」  分隊士は悪びれる事なく堂々と 「私の話を聞かないので指導しておりました。」と抜かした。  少尉は呆れるように「はぁ。」と言ったあと 「分隊士。隊舎に戻りましょう。」と告げる。  すると分隊士は「し、しかし!この後訓練が…」と異議を唱えようとするが。  少尉から「貴方の様な立派な軍人にしか出来ない仕事があるのです。訓練は私が代わりにやります。」と言い渡される。  すると少尉から褒められたのが嬉しかったから上機嫌でこれを承諾した。  そして、僕らに休憩を命じた後に二人は隊舎の方へ消えていった。    僕は心配でアンドリューの所に駆け寄る。 「大丈夫か?アンドリュー。」 「大丈夫じゃねぇよ。最悪だ!まさかのファーストキスの相手が美女じゃなくて地球だなんてよ!」  砂を吐き出し金髪をかきながらアンドリューはそう答えた。  うん。この様子だと大丈夫だ!  すると心配したのか勇もやって来て開口一番。「永遠に貰い手のいないキスを貰ってもらえて良かったじゃないか。」とアンドリューヲいじった。  アンドリューも負けじと、「あぁ。俺の様ないい男が誰か一人の女性の者になっては人類の損失だからな。」と返した。  そんな下らない事を話してると、藪から棒に勇が「なぁ。今回の射撃訓練。今日の昼飯のデザート賭けて勝負しないか?」と言い出した。  アンドリューは薄ら笑いを浮かべながら、即座に「もちろん」と賛同した。  二人がこちらを見る。さて、どうしたものか。  普段なら躊躇なく乗る所だが、今日のデザートは冷凍みかん!。  今日の様な灼熱の日の冷凍みかんは、砂漠のど真ん中のオアシスと同等の価値がある。  しかし、二人にノリが悪いとも思われたくもない。冷凍みかんと二人からの評価どちらも失わない妙案はないものか…    熟考の後、二人に賭けに乗る事を伝える。  そうこれしかない。二人の評価と冷凍みかんどちらも失わない為には、この賭けに乗って勝つしかない!  勇の後ろの方にコチラに向かってくる少尉がみえた。  みんなも気づいたのか。整列を始める。  アンドリューが「さぁ並ぼうぜ」肩を叩きながら言ってくる。    僕は、絶対勝つ!と腹を決めて列に並ぶ。  絶対に負けられない勝負が始まった!!。
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