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2.あの子への道もあるとかないとか
雪財優は高めにくくった長い黒髪のポニーテールを揺らしながら、前を向いて歩いていた。
少し前を歩くのは、全てがふわりとした愛らしく儚い『少女』という表現が決して過言ではないクラスメイトの石灰星依。
教室から校門へたどり着くまでつながれていた星依と優の手は、もうとっくに、あまりにも自然に解かれていた。それでもなお、眼鏡の奥にある優の瞳から注がれる愛しげな視線だけは、そっと、星依へと繋がっている。
こんなにも大きい星依への『好き』が何なのか、優自身はとうに理解ができていた。星依を見かけると側に行きたくなる。側にいれば触れたくなってしまう。最初はきっとこれは『恋』に違いない、そんな風にも思っていた。もしもそのまま恋だと思っていたならば、違った未来もあったのかも知れない。優には、星依から好かれているという意識が、自信はないが確かにあったのだ。しかし高校へ入学した日に知り合ってから共に過ごした二年以上の月日は、星依への気持ちが恋以上のものであることを優に分からせるには十分すぎる長さだった。
たとえ星依の横にいるのが自分ではなく彼女の恋人である刈佐依都だったとしても、星依が幸せそうに笑っていられるならば優はかまわなかった。あの子が笑っている。たったそれだけで、優は何よりも幸せを感じられた。
優が抱くのは、おそらく、恋を超えた『愛』。それもきっと、単純な恋愛におけるそれを超えた親愛の類いのもの。それに気がついたとき、優は心底ほっとした。こんなにも美しい星依への気持ちが、恋なんて言葉で片付けられるわけがないと思っていたから。そして、すっきりと前を向くことが出来た。
「お前、さ……。 つらくねーの? あいつら見てて」
楽しそうに笑い合いながら前を歩く星依と依都の方へ優が目を向けていると、隣を歩く石灰翔が前の二人には聞こえない、ぎりぎり隣同士だからこそ事足りるくらいの声で尋ねた。
「そうねー。つらくはない、かな。私は……星依が、あの子があの子のままそこにいてくれれば、それだけで十分幸せ、だから」
翔は『なにが』とは明確に言わなかった。しかし、『なにか』を言わずともわかり合える。そんな確信が翔にはあった。そしてそんな翔の想いを、尋ねられた優も確実にくみ取っていた。
「星依の事は、本当に好きなの。でもね、なんて言うか。好きを超えちゃってもう家族愛、みたいなもんなんじゃないかな、これは」
翔と並んで歩く優からこぼれる言葉。それは自虐を超えた慈しみを含んでいた。
「星依と私を繫ぐのはあんたたちなのよ。どんなに憧れても、近づきたくても、私はあの子になれやしない」
「諦めんなよ。世の中には特別って場合もあんだろ」
励ますほど透明でもなく、同情ほど湿っぽくもない声で翔が言った。
「まぁ、ね。でも、だとしても……たとえ私が大きな熱量を持って無理矢理にでもあの子に近づこうとすれば、きっと猛毒の副産物を出してしまう。そしてその毒は、絹みたいなあの子の肌を、輝く宝石みたいな瞳を、痛めてしまう。あの子の体を、内側からだめにしてしまう」
ぽつ、ぽつと発せられる優の言葉を、翔はただ静かに聞いていた。
「私ね、あの子には自然に呼吸していて欲しいの。だから、私はあの子の一番になれなくても、別にいいのよ」
そう言い切った優は、これまでの言葉に含まれる温度をすっと下げるように、胸に残る固体を溶かしきったような透明な顔で、隣の翔に笑って見せた。
「それにね、刈佐は私を凄く信頼してくれてる。大好きな星依の大好きな人からそんな風に思ってもらえるポジションっていうのも、悪くないかなって。……――なーんて言ったら、今度はあんたに嫉妬される?」
最後はにやっと、翔をからかうように優は言った。
「いやいや、俺と依都はおんなじC組だし? ……依都は……あいつが星依しか見てないってのはわかってるし、別に嫉妬なんてしねーよ。それに……お前のこと信頼してるってのは、なんかわかる」
「んー? どうしたどうした」
自分が発してしまったしんみりとした言葉を忘れさせるかのように、優が努めて明るい相づちを打つ。しかし翔はすぐには口を開かなかった。二人の間に、ほんの少し、沈黙が流れる。
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