3.純粋さへの憧れだとか内に秘めた脆さとか

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 そんなやりとりをしている間に、依都と翔も区切りがついたのか各々手にしていたシャープペンシルをテーブルに置いた。 「そういえば星依たち、もう付き合い始めて一年でしょ? 記念日デートか、なにかお祝いしたの?」  優が手にしたグラスに入った塩カルピスに浮かぶ氷をストローでつつきながら隣の星依と斜向かいの依都へ尋ねた。 「うーん、そうなんだけどね。ゴールデンウィークはお互いに家の用事があったり、その後はテストも近くなるしでまだちゃんとデート出来てないんだよね~」  星依が目元にすこし寂しさを滲ませ「えへへっ」と笑いながら優に答えた。 「星依……。ごめんね、僕が忙しくしていたばっかりに……」  申し訳なさそうな顔で依都が謝った。 「そんな事ないよ! 私も出かけてたし、依都くんのせいだけじゃないよ! 連休中は一緒におじいちゃんの家に行った翔くんが代わりに構ってくれてたし、テストが終わったらゆっくりデートプラン考えようね!」  励ますように星依が声をかける。しかし星依の「代わりに」という一言が、依都の心に『代役』と罵られた記憶をフラッシュバックさせていた。それは他の三人が知らない依都が抱える闇。乾いた血から漂う鉄の匂いが混じる、依都の黒い部分だった。  頭では過去の言葉と星依の言葉が違うと分かっていても、まるで貼られたレッテルのように、依都の心にすでに引かれてしまっている白い一線はなかなか消えてくれるものではなかった。彼の不安は下り坂を堕ちていくように増し、気持ちはすっかり沈んでいた。 「僕は星依に寂しい想いをさせてばっかりで、全然いい彼氏を出来なくて……本当に、情けないね……。僕は、僕らはみんながうらやむような恋人でいなきゃいけないのに、本当の僕はこんなんだし、弱くて脆いし。……もしかしたら……いや、きっと本当は、二人の時間もろくに取れない僕なんかが星依の隣にいちゃ、いけないんだ……」  翔に化学を教えていたときの自信はどこへ行ったのかというくらいに依都の言葉には覇気がなく、普段の透明な声音はどことなく白濁している。  テーブルを挟んだ向かい側でうつむきぎゅっと膝の上でスカートの端を握りながら依都の言葉を聞いていた星依だったが、彼女の心もついに限界を迎えた。 「……何で……。なんでそんなこと言うの依都くん!」  星依はこらえきれなくなった涙を一筋こぼし、カバンを掴むと逃げるように席を立った。 「ちょっと、星依!」  優の声にも反応を示すことなく、星依はそのまま走り去っていった。いつだって場を温める役だった星依がいなくなった今、三人が囲むテーブルの温度はどんどんと冷えていった。 「……依都。お前……」  その温度に耐えかねたように、翔がこらえていた言葉を吐き出す。 「お前、なにそんなよわっちょろいこと言ってんだよ! お前はっ……――お前たちは容易に好きだって気持ちを受け渡しできる関係だろ! なのにどうしてっ――!」  依都へ言葉をぶつける翔の声は怒りと嫉妬と妬み、そして叶わぬ恋に震えていた。 「俺はっ! 俺だって依都、お前のことが好きだよ。でもそれはほとんど俺からの一方通行だ。俺はな、依都……。周りに流されず、ちゃんと互いに向き合えるお前らの純粋さが、ほんとに羨ましいよ。お前じゃふさわしくないだって? ふざけるな! お前以上にあいつと互いに繫がれるやつなんて、いないんだよっ!」  一気に言い切った翔はカバンを掴むと先に出ていった星依を追いかけていった。言い返すことも出来ずに拳を握ってうつむく依都、そしてそんな彼に声をかけるでもなく塩カルピスを飲み干していく優。言葉もなく一切の熱が消えた残る二人の間は、かろうじて凍り付くことを免れている程度だった。
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