勝負

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 二十分後に到着した郊外は空爆の爪痕がそこかしこに残り、絶望的な索漠感に満ちていた。崩れた塀が瓦礫の丘を作り、かろうじて長らえた建物もほとんどがらんどうで、獣も巣作りする気にはなれないだろう。風に乗る砂だけが、唯一の生き物みたいに自在に動き回っている。  だからといって、騙されてはならない。  窓明かりがちらちらと揺らめく建物のひとつは、善良な一般市民の家じゃないってことを。  機関銃を肩に掛けた中年男たちが出入りしているのがその立派な証拠。ゴーストタウンのアジトなら発見されないとたかを括っているのか、移動のあわただしさのせいか、警戒がやや散漫だ。周辺制圧を要しないそれこそが俺の狙うチャンス。手強い敵の油断は厚氷に入った亀裂と同じで、踏み抜くための攻撃点となる。  刻の進みが、速いようで遅い。  息をひとつ吸い、ひとつ吐きだす。風は衰えを見せないがヘリは充分飛ばせる。海底より冷たい暗闇に身を静め続ける耳に、通信音が鋭く響いた。 『ジャガー・ツーからジャガー・ワンへ。グースが2055に四駆に乗せられ出発。ルートは北東迂回コース。これより追跡を開始する』  時間の輪が縮まる。思考が清水で洗われたようにクリアになってゆく。血管の内側がざわめき始める。 「ジャガー・ワンより全部隊へ。グースが北東迂回コースで移動開始。準戦闘態勢から戦闘態勢へ移行、総員配置。強風のため作戦パターンはCとする。以上」  残る綱はあと一本。  ゴーグルと覆面の下でほんのちょっと苦笑した。地獄の門を目の前にしてやっと気付く俺も俺だ。  あのとき、恋愛じゃないと俺はヘルマンに言った。曖昧だった表現を、今ならはっきりと口にできる。  恋愛だけじゃない、と。  男としても、人間としても、あいつを愛している。あいつが居るから、俺が居る。そういうことなんだ。  ――必ず還って来い。そして私を抱け――  あれは俺を生還させるための言葉なのか、ヘルマン。  きっとそうなのだろう。  唇を重ねた後の、祈るような眼差し。睫を震わせ、涙の粒を零しそうだった灰色の瞳。  俺が十五年も諦められなかったのは、どんなに似た顔立ちの人間だろうと、あいつより綺麗な瞳を持った奴はいなかったからだ。あいつの笑顔以上に心が温まるものなどなかったからだ。  ――戻ってみせるとも、ヘルマン。  お前の瞳で見てもらうために、お前の声で呼んでもらうために、俺は生き延びて来た。お前が誰かと幸せになるのを見届けるまでは死ねないと、それだけを支えに前線を掻い潜って来た。  そして、お前にとっての俺が親友以上の存在と知った今。  俺は、絶対に戻ってみせる。  お前に逢うためなら、地獄の業火に墜ちようと帰ってみせる。 『ジャガー・ツーよりジャガー・ワンへ。グースと二十九名全員の移動完了を確認。これより貴部隊の支援に移る』  最後の綱が絶たれた。  嵐に舳先を向けた船を止めることはもう不可能だ。 「ジャガー・ワンより全部隊へ、グースが移動完了。ジャガー・ワン、フォーはこれより突入を開始する。以上」 『了解。幸運を祈る』  立ちあがった俺とハイケはフェイスシールドを下ろし、サプレッサー付きのMP7を持ち直した。部隊を背後に連れ、靴底で踏みしめる砂利の形が、一粒一粒はっきりと判る。冷たい空気が覆面ごしに頬を包む。すべての感覚が解き放たれる瞬間だ。指を軽く動かし、手袋をなじませた。  イギリスチームが周囲を完全に固める中、分隊降下と人質搬送用のステルスヘリが風下から接近してくる。スタングレネードを握ったギュンターたちが一足先に走り、身を潜めた。  敵の警備体制はまだ回復していない。  配分は地下に六名、グースのいる地上階に十五名、一階に八名、二階は無人。対する俺たちは突入班が二十八名、支援班が十八名、人質護送班が二十名。制圧予定時間は三分。  ――嵐に敗れるか、征服するか。  危険な勝負が始まろうとしていた。 ―Fin―
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