覚えのない名前

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「いやー、それにしても久しぶりだわー」 <ソネヤ>は、快活そうな声で続ける。 口調からしても、どうも俺とはあまり近いタイプの人間ではなさそうだが。 とは言え、そんなことを考えても仕方がない。 俺は、この部屋を出る支度を整えていたところだったのだ。さっさと行こうと急いでいたところだったのだ。なんとか長引かせないよう、無難に切り抜けなくては。 でも。 なぜ、この<ソネヤ>は、急に電話なんかしてきたのだろう? 俺は、当然の疑問に行き着く。 忘れられていてもおかしくないような相手に、久しぶりに連絡をとった。それにしては、口調がやたらと馴れ馴れし過ぎやしないか。 誰に対してもそうなのか。 それとも。 「……なんでまた、急に?」 単刀直入に、聞いてみる。 こちらが何もわかっていないことを悟られないように、短い言葉で。 「おー、それそれ、それなんだけどさー」 <ソネヤ>は、ノリを変えることなく、応じてきた。 「……実は、特にないんだよ」 ん? どういうことだ。 「いやー、なんか、ごめんね? ほんとほんと、急に、思い付きでさあ」 思い付きで? 俺の中の警戒度が、一気に、上がる。 思い付きでだったら、さくっと切り上げてもいいな、とは思えない。 「スマホ触っててー、アドレス帳の整理でもするかーって眺めてたら、ミナオカの名前があったからさー。それで、今どうしてんのかな、って」 おかしい。 普通、それで、卒業以来会ってない奴に、電話をかけるか? 俺なら考えられない。いや、そういう種類の人間もいるものなのか? 「自分でもちょっとさー、ドキドキしてたんだよねー、実は」 あっけらかんとした<ソネヤ>の声が、だんだん、不気味にも感じられてくる。 「でも、よかったよー、覚えていてくれて」 ああ、うん、と相槌かどうかも曖昧な声しか出せないで、俺は考える。 この<ソネヤ>の言葉を、額面通りに受け取っていいのか。 もしかして、何か、別の意図があって―― 「……あ、別に、高いものを売り付けようとか、宗教に勧誘しようとか、ありがちな話だけど、そーゆーんじゃないからね? そこは安心して?」 スマホ越しに、警戒を察したのかどうか。 <ソネヤ>は急に、俺の不安に先回りするような言葉をこぼした。 声のトーンは、変わらない。軽くて、あっけらかんとしていて、どこか……空虚に感じないこともない。 取り繕って取り繕って、普通を装っている……ような気もしてくる。 もう、何でも疑わしく感じるようになっているだけなのかもしれない。 でも、相手が安心しろと話してきたからといって、安心できるわけではない。
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