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どうする?
何か理由を付けて、さっさと切ってしまえれば、一番いい。
だが、不自然に切り上げるのも気が引ける。相手の心に、消えないシミを作ってしまうことになるんじゃないか、と考えてしまう。自分でも小心者だなと思うが、やっぱり、あまり気持ちのいいものではない。
「これで、久しぶりついでに会おうぜー、とかだったら、オレだって怪しむけどさー。違うんだよ、会ってどうこうしてやろうとかじゃなくて、ほんと、勢いだっただけでさ。わりいな、時間とらせちゃって」
俺の逡巡を知ってか知らずか、<ソネヤ>は弁解めいた言葉を続ける。
「ミナオカは急で迷惑だったかもしれないけどさ、オレは嬉しかったよ、久しぶりに声が聴けて。オレのことも覚えていてくれたみたいだしさー」
少し声のトーンが変わった気がする。
なんとなく、ちょっと湿っぽくも響かせられる言葉を、湿っぽくならないように言っているような……
「実は、さ。オレ、ちょっと、ヘコんでいたんだよねー」
あっけらかんとした口調で、<ソネヤ>と名乗ったそいつは、そう言った。
その言い方でその言葉だけ聞けば、何言ってるんだ、と信じられなかっただろう。
でも、この短いやり取りしか交わしていない中で、なんとなくその言葉は実感と真実味を帯びて感じられてくるのだった。
「大したことじゃないんだけどね? あーうまく行かねーなーってことがあってさ。……だから、久しぶりに、本当に子供の頃以来の相手が俺のこと覚えててくれて、ちょっと付き合ってくれたってことが、けっこう、さ、ありがたかったというか。ちょっと救われたような気持ちになったというか。あ、大げさだけどね?」
覚えていたわけではないのだが。
適当に取り繕おうとしただけだし、取り繕えたと言えるほどの対応をしたわけでもないのだが。
『大したことじゃない』と言っていたが。
本当に大したことがなかったのだろうか。
わざわざ、自分でも馴染みのない相手に電話などかけるだろうか。いつも親しくしている相手にでも愚痴ればいいことではないか。そうしなかったのは、あるいはそうできなかったのは、何か、理由があるんじゃないのか。
実は、相当「大したこと」があって、身近な相手にはとても話せないような事情を抱え込んでいたんじゃないか、とか。
あるいは、すでに話したけど、力になってもらえなかったとか。
『子供の頃以来』の相手くらいしか、当てがなくなってしまっているってことなんじゃないか、とか。
『アドレス帳の整理でもするか』とも言っていたが、もしかすると何か、これまでの人間関係を整理する、ってくらいの状況に直面していたんじゃないのか、とか。
それで、少し一方的にしゃべっただけで、こちらが覚えていたと取り違えただけで、救われたような気持ちになってしまう、とか。
実際のところは、心理的に相当追い詰められていたんじゃないか、とか。
あれこれと推測するが、無論、根拠はない。
何しろ、この期に及んでもなお、この<ソネヤ>とは誰なのか、まるでわかっていないからだ。
まあ、『子供の頃以来』のようだし、お互いずっと疎遠にしていたのだから、これは仕方のないことだ。向こうがなんだか勝手にいいように受け取って、勝手に感傷に浸っていても、こちらの責任ではない。
……少しばかり、胸がざわざわとすることは、したけれども。
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