あなたが一番怒った記憶を思い出して下さい

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 数時間後。  私と日高さんは橋の上にいた。並んで欄干にもたれている。静かだ。川面(かわも)が街灯に照らされキラキラ光る。  先に話し出したのは日高さんだった。 「ずっと考えていました。この年になって貴方と再会した意味はあるのか、って。おそらくまた、私はあなたより先に死ぬことになる」 「……」  真剣な日高さんの横顔。胸がギュッとなる。 「でもあなたと今日会って、意味を考えるより先に思ってしまったんです。――あなたのそばにいたい、と」  その言葉をきっかけに、私たちは向かいあった。  どんなときも優しく見守ってくれた、その目。 ――ああ、ティムだ。  前世の思い出が胸に押し寄せてきた。  息を吸い込んで、私は話し出す。 「ずっと、あなたを守れなかった自分を責めて生きてきました。……でも、私も日高さんと一緒です。会えたらもう、あなたが生きていることだけで嬉しくなってしまって……」  言葉につまる。  なんということだろう。どんな状況にもひるまなかった私が、ただ胸の内を話すだけでこんなにも勇気を必要とするなんて。  拳にギュッと力を込める。  前世で一番の怒りを経験した。今世では虚しさをずっと抱えてきた。それならこれからは……人生で一番幸せになりたい。  そのために私たちは再会したんじゃないだろうか。 ――いや。  私は拳を開いた。    意味は、私が作る。  再会したのは、幸せになるためだ。   「……私も、あなたのそばにいたい。これから先、私と一緒に生きてくれませんか?」  彼に向かって手を差し伸べる。日高さんはその手を見つめる。  私たちの横を、車が通り過ぎた。ライトに照らされて日高さんの皺が刻まれた顔に陰影が浮かぶ。  同じく私の顔も照らされたに違いない。彼の目に私はどう映ったのか。急に恥ずかしくなってしまった。 「あ、もちろん日高さんがよければ…ですが」  さっきまでは威勢がよかったのに赤面してしまう。  日高さんは二三歩進んで、私の手を取る。彼の口元に寄せられる手が、スローモーションのようにひどくゆっくり見えた。  彼はまるで騎士のように(うやうや)しく姫の手に口づけをした。 「謹んでお受けします」  柔らかく微笑んだ顔には、ティムの面影があった。  彼を食事に誘い、私は橋を渡り出す。後ろから日高さんがついてくる。 「本当に、話したいことがいっぱいあって」 「なんなら一緒に住むという手もありますよ」 「……ティム、じゃなかった日高さん、大胆になりましたね」 「ふふ、歳をとるのもいいものです」  歩き出した2人の影が石畳に伸びる。やがてその影はどちらからともなく手をつなぎ、街の夜景に溶け込んでいった。  
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