あなたが一番怒った記憶を思い出して下さい

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「次の方、どうぞー」  奥から私を呼んだのは、意外にも初老の男性だった。看護師さんじゃないんだ。元お医者さんなのだろうか。  彼の向かいに座ったとき、彼は少しびっくりした顔をした。  どこかで会ったかな?  いやいや、こんなおじいさんと知り合う機会ないしなぁ。  男性の名札には「日高(ひだか)」とある。  けど、やっぱり覚えはない。    すぐに問診モードに戻ったおじいさんは「前会いましたっけ」……などと言うことはなく、深みのあるイイ声で問診票の確認を始めた。私は佐藤香織(さとうかおり)と名乗り、質問に答えていく。   「じゃあ、まず血圧を測定していきますね」  腕に巻かれたベルトがゆっくりゆっくり締まっていく。  日高さんが血圧計を見ている隙に、私は彼を観察した。  清潔感のあるロマンスグレーの髪。やや痩せぎす。老紳士、という言葉がぴったりだ。  顔立ちが整っているから、スーツ姿だとレッドカーペットが似合う俳優みたいに見えるのでは。  血圧計を見る目は優しげで、不覚にもドキドキする。向こうはこんな年下の女、守備範囲外だろうがこちらは目の保養だ。街中で美形を見た時みたいにテンションが上がる。  あと30年早く生まれていたら。なんて。  そんなことを考えていたら、腕に巻かれたバンドが一段ときつくなった後、ぷしゅー、と気が抜けたようにゆるくなる。同時に「ピピッ」と結果が表示された音がした。  紳士は結果を見て「ちょっと低いですね」と言い、こちらに血圧計を向けてくれた。  上が87、下が48。  私は内心ガクッとくる。ホントだ、低い。ドキドキして心拍数上がるかと思ったのに。  まあいっか。高いわけじゃないから献血できるだろう。  ところが。 「今ね、血圧がある程度ないと献血できないんですよ」 「えっ」  初耳だ。びっくりした私に老紳士は紙を差し出して丁寧に説明してくれる。 「制度が変わりまして、上が90、下が50ないと献血できないんです」 「……どっちも足りてませんね」 「もう一回測ってみましょうか」  日高さんは再度腕にバンドを巻く。 「えーと、そしたらですね」  私の目を見て、彼は言った。 「あなたが今までに一番怒った記憶を思い出してください」
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