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あれから2ヶ月が経った。姫は現れない。
しょうがないか、と日高正臣は献血ルームの更衣室を出た。ゴム手袋をはめながらふぅ、とため息が出る。
「日高さん、最近元気ないですね」
通りがかったスタッフから声をかけられた。
「奥さんと喧嘩でもしました?」
「まあ、そんなところです」
スタッフはふむふむと納得した様子で「日高さんでもそんなことあるんですねー。元気出してくださいね!」と笑顔で去っていった。
嘘だ。
妻は5年前に亡くした。見合い結婚で、他に好きな人がいると勘づいていただろうに、穏やかにそばにいてくれた、自分には過ぎた女性だった。
一人暮らしの今は時間だけが有り余り、無意味に前世のことを思い出す。
日高はずっと前世の記憶にある姫を想い続けていた。
前世では孤児で、特殊魔法以外はとりえもない魔法使いの少年だった。名前はティム。
村を訪れた賢者と親しくなり、姫の仲間になった。魔法を教わりながら魔王の城まで向かった十数ヶ月。最も人生が輝いていたあの頃。
少年は姫に恋をした。
姫は強かった。先陣を切って指揮をとり、誰よりも勇猛果敢に戦う一方、平穏な時は明るく場を盛り上げながら仲間を連れて旅路を進んだ。
焚き火に照らされる、想いに沈んだ顔。
いたずらをしかけては笑う顔。
どれも鮮烈に胸に焼きついている。
自分でも馬鹿だと思う。一緒に過ごしたのは1年足らず。今世の年齢の方が遥かに長い。それなのに、未だに彼女のことを想い続けている。
決して再会することのない相手への恋心を胸に生きるなんて、まるで呪いのようだ。
そう思っていた。
姫に再会するまでは。
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