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第一話 侵入
至って一般的な平日、昼日中の東京都心。
人口の多さに比例して広げられた歩道を忙しなく行き交う人々を見下ろす五つの影があった。
『いやぁ、みんな暢気だな。これから何が起こるかも知らないで』
『彼らにとってはまだ何の変哲もない、平日の昼日中よ。仕方ないわ』
『まさか国の中央決定機構を狙うやつがいるとも思わないだろうしな』
『うー、緊張してきた……』
それぞれ離れたビルの屋上や非常階段に立ちながら、左耳にはめた小型の通信機でそれこそ暢気な会話をしている。
「無駄口はそのくらいで、そろそろ始めるぞ」
二十階をゆうに超すビルの屋上に、影と見まがう真っ黒の比較的フォーマルなロングコートに身を包んだ濃紫髪の男が佇んでいる。
男の声に促されるように、五人はそれぞれ異なるアイテムで顔の一部を隠していく。
「この世界は残酷で往々にして理不尽だ」
真っ黒なレンズのスポーツサングラスをかけた濃紫で短髪の青年の口から演説じみた言葉が発されていく。
「力なき弱者が踏みにじられる。そんな世界は誰かが正さなくてはならない」
青年の眼下にあるのは、国会議事堂。この国の中央決定機構である国会が開かれている場所だ。
「俺達は今日、この国に宣戦布告する。始めてしまえば後戻りは出来ない。ただ進むだけ」
自分たちを見下ろす位置でそんな発言がなされていることなど露知らず、国会は新たな法の提案とくだらないヤジの応酬が繰り広げられている。
「それでも叶えたい想いがある。願いがある。その心に偽りはないか? その想いに迷いはないか? 自分の信じる道を進む、覚悟があるか?」
青年の声は耳元の小型通信機を通して四人の仲間に届いていた。
『今さらだな』
『覚悟なら出来てる』
『愚問だ』
『これ以上の悲劇を生まない為に!』
青年の通信機越しの問いかけに、四人が口々に答える。
「覚悟と誓いを胸に進もう。準備は?」
胸元で拳を握りしめ、サングラスの青年が最終確認を行う。
『いけるぜ!』
『大丈夫』
『問題ない』
『バッチリ!』
四人の返答が通信機から青年の耳に返ってくる。
「では手筈通りに。行くぞ!」
青年の掛け声を合図に別のビルにいた、ゴシック調のコートとそれに付随している黒いフードを目深にかぶった小柄な女性が深く息を吸い込む。
「Hah~~~♪」
フードの女性から発された歌声に追随して、目に見えない音波が波紋となって周囲に響き渡る。
波紋が通過すると、議事堂周辺の警備員や往来の人々に異変が起こった。
「ぐっ……なんだ……?」
「頭が……!?」
頭を抱え、その場にうずくまる人々。
「よし」
周辺全ての視線が地に向いたのを確認したサングラスの青年は、あろうことか屋上から空中へと一歩踏み出した。
重力に従い落下する身体とは反対に、空気抵抗で翻るコート。
通常であればこのまま地面と挨拶を交わし、天に召されるだろう。
通常であれば。
それは僅か数秒間の出来事だった。
青年は近付いてきた地面に怯えることなく見据えると、空中で体勢を整えてあろうことか膝で衝撃を殺して音もなく着地したのだ。
青年はそのまま足音を隠すことも無く、警備員の脇を堂々と通り過ぎて議事堂内部に侵入する。
「侵入成功。 永那は美早と合流後、議場に」
『『了解』』
左耳の通信機に手を当てて、歩きながら指示を出していた青年の進行方向でドアが開き、数人のSPが這い出してきた。
どうやらそこはSPの待機所だったようだ。
「今のは一体……?」
通行人達と同じく頭を抱えているSP達。そのうちの一人が青年に気付いた。
「おい!! お前、そこで何をしている!!」
反射的にSPが銃を構える。
「お前達に用はない。邪魔をするな」
左腕を持ち上げる青年の瞳がサングラスの奥で白く発光する。
『おいおい、荒隆。お前早速見つかってんじゃん?』
楽しそうな呼び声がサングラスの青年、荒隆の通信機から聞こえる。
気の抜ける通信内容にひとつため息を吐くと、荒隆は発光する瞳をSPに向け直した。
「動くな!」
荒隆に通信機で呼びかけた青年にも静止の声が掛かった。
「っと、こっちもお出ましか」
パンク調の黒いコートを着て、黒レンズのゴーグルをつけた茶髪の青年は、好戦的な笑顔で臨戦態勢を取る。
その瞳は荒隆と同じく白く発光している。
『樹端は遊んでないで働け』
「へいへいっと。そういう双也の方はどうなのよ?」
樹端と呼ばれたゴーグルの青年は、銃弾を難なく避けながら通信機で応答する。
「まもなく着く」
肩に届いた黒髪の襟足辺りを灰色に染めて黒のマスクを付けた軍人の様な背格好の青年、双也は腕で首を絞めあげ、相手を気絶させた。
彼の通った足元には、道なりに倒れ呻くSP達の姿がある。
『さっすがだな!』
「まぁ俺ももう目の前なんだが」
勢いよく振るった樹端の左腕に合わせて、拳銃の射程ギリギリで狙い撃っていた男が吹き飛ぶ。
「こっちは着いたよ」
「同じく」
議場に繋がる扉の前にそれぞれ辿り着いていたフードの女性と、口元を覆う立襟のエレガントな黒コートに身を包んだ栗色のロングヘアの女性が残る彼らの到着を待っていた。
「こちらももう終わる」
通信に答えた荒隆が右手を振る。
「ぐっ!」
風を切る音と同時に男の右腕に裂傷が走り呻き声が上がった。
「これで全部か」
裂傷を負い倒れたSP達の間を通り抜ける荒隆の背後で傷の浅かった一人が起き上がる。
「このっ!!」
完全な不意打ちで背中目掛けて銃弾を放つが、見えない何かに弾かれて荒隆には届かない。
「まだ動けたのか」
口の端だけで笑い、振り返る荒隆が流れるような動作で右手を動かした。
再び風を切る音が鼓膜を揺らす。
「ぐあああああ!!!」
右腕にさらに深い裂傷を受けたSPの男は悲鳴を上げて倒れ込んだ。
今度こそ全員床に倒れ伏したのを確認すると、荒隆は再び歩き始める。
「お前は……まさか……」
「まるで幽霊でも見たような顔だな」
廊下の隅で怯え震える秘書と思しき壮年の男の声と視線に、意味深な笑みと言葉を向けた荒隆は議場に繋がる扉に手をかける。
「さあ、始めるぞ!」
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