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第二話 乱入
「さあ、始めるぞ!」
バンッという音とともに、議場に繋がる五枚の扉が押し開かれた。
突然の事に議場は凪いだ湖面のように静まり返り、各々一番近くの扉に視線を向けている。
一人中央の発言台へ向かって歩いていく荒隆の足音だけが場内に響く。
「誰だ?」
「一体何が……」
荒隆が中央に近付くのに比例するかのように議員達は口々に疑問を発し、ざわめき出す。
五百人を超える議員達の口から漏れるのは、訝し気で不安をはらんだ様々な言葉。
うたた寝をしていた者も起き出し、答えを持つ者を見つけられない疑問は議場全体に波及していく。
「邪魔だ」
辿り着いた発言台にそれまで立っていたそこそこ名の知れた若手議員を有無を言わさず押し退けると、自らがマイク正面に立つ。
「この空間は我々が占拠した」
荒隆の声が議場に木霊する。
半円状の形をした議場の中心角付近に設えられた発言台、そこに置かれた複数のマイクを通して凛とした声がざわめきを切り裂いた。
突然与えられた答えに不安げな疑問は立ち消え、変わりに議員達の顔に驚愕と恐怖が浮かぶ。
その様子を発言台から眺めていた荒隆の口元が笑みを形作る。
黒いレンズのスポーツサングラスで目元を窺い知ることはできず、楽しそうに口角を上げている様だけが議員達の視界に焼き付いた。
笑みを浮かべたまま、荒隆はサングラスの内側で視線を巡らす。
彼の右手側出入口にはパンク調の黒いコートを着て、黒レンズのゴーグルをつけた茶髪の青年、樹端がいた。
そこから左に視線を動かしていくと、その横の出入り扉には口元を覆う立襟のエレガントな黒コートに身を包んだ栗色のロングヘアの女性、永那。
もう一つ隣には肩に届いた黒髪の襟足辺りを灰色に染めて黒のマスクを付けた軍人の様な背格好の青年、双也。
そして左手側の出入口にはゴシック調のコートとそれに付随している黒いフードを目深にかぶった小柄な女性、美早がいる。
この議場には出入口は五つ。
そのうちの四つを塞ぐ様に黒コートの面々が立ち、残された入口は発言台の真正面にある。
彼らがどのような武装をし、どれだけの仲間がいるのか不明な現状で危険を冒して外に出ようとする者は皆無だった。
「馬鹿馬鹿しい! 神聖な議場をなんだと思っているんだ!!」
中年をすぎ、老年に差し掛かったであろう小太りの男性議員が立ち上がり、決死の抗議を上げる。
どこか見覚えのあるこの顔は、野党のいずれかの党首だったはず。
そんなことを考えながら、荒隆はゆっくりと右手を持ち上げて軽く振る。
何かが風を切る微かな音が鼓膜に届く。
次の瞬間には抗議の声を上げた野党党首の右頬に裂傷が刻まれていた。
「神聖な議場を汚しているのは貴様らの方だろう?」
せせら笑う荒隆による、見えない何かによる攻撃。それも十メートルはゆうに離れた遠距離へのもの。
その事実に議員達の息が止まる。
微かな呼吸音すら響きそうなほどの静寂に包まれた議場。
最初に動いたのは荒隆だった。
「これより刃向かう者には容赦はしない。今この時をもって我々は大いなる変革者となる!!」
諸手を広げ、高らかに宣言する声が議場に響く。
かくして変革の時は訪れた。
* * *
廊下の隅で怯えていた男が震える手でスマホを操作する。
『こちら東京第三研究所です。ご用件をどうぞ』
短いコール音の後に聞こえてきた事務的な女性の声で僅かに冷静さを取り戻すも、震えの止まない手と声で用件を告げた。
「ら、ラボに繋げ。今すぐに!!」
薄暗がりの研究室に控えめな電話の着信音が響く。
たっぷり十秒間をおいて、ようやく受話器が持ち上げられた。
「何か御用でしょうか?」
研究室で電話を受けたのは白衣の男だった。
この研究室の存在は公には知られておらず、外線が転送されてくることなど滅多にない。
あるとすれば、雇い主によるろくでもない用件の時だけだ。
顔には面倒だという表情を浮かべながら、白衣の男は近くの椅子に腰かけると淡々とした口調で会話をする。
『……特殊事例だ! 誰でもいいから助けを寄越せ!!』
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