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第四話 質疑
「しっかり俺達を撮っておけよ」
「……何が目的だ?」
冷ややかな笑みと共に国会中継用のカメラに視線を向けていた荒隆に横から声がかかる。
見ると、先程荒隆によって発言台から引きずり下ろされた聡明そうな若手議員が静かに荒隆を見据えていた。
彼は確か、親の地盤を継いで立候補してから、その整ったルックスと確かな知識量で人気を勝ち取っていたはずだ。
(こんな状況でも冷静に質問してくるだけの度胸もあるのか。面白い)
逡巡の後、荒隆はある事を思いついた。
「目的か。どうせ時間はあるからな、特別に答えてやる。ただし、俺との勝負に勝てたらだ」
「勝負?」
唐突な勝負の持ち掛けに、若手議員は怪訝な顔をする。
「なぁに、簡単なクイズだ。全員で考え、答えていい。正解するごとにあんた達の疑問に答えてやるよ」
若手議員の不信げな反応に、荒隆は肩をすくめながら両手を広げ、楽しそうに述べる。
(当初の予定とは変わるが、これはこれでいい時間潰しになりそうだ)
当初は時間経過毎に騒ぐ議員を一人ずつ見せしめに殺していくつもりだった。
だがここまで落ち着いて質問してくる議員がいるのだ。
どうせならどこまで冷静さを保っていられるのか、試してみるのも悪くはないだろう。
「クイズだと? バカにしているのか!!」
先の野党党首が叫びに似た抗議を飛ばす。
その声に、これ幸いと口の端を上げた荒隆が右手を振った。
微かな空を切る音はざわめきにかき消されたが、確かな結果となって目の前に突き付けられる事となる。
「ただし、不正解や俺達に対しての暴言を認めた場合は死んでもらう。そいつの様にな」
荒隆が右手で示した先に皆の視線が集まる。
そこにあったのはさっきまで抗議の声を上げていた野党党首の死体だった。
額に出来た縦一筋の傷口から血を流し、仰向けに背もたれにもたれかかったままピクリとも動かない。
「ひっ……」
死体となった党首の周辺にいる者たちから声にならない悲鳴が上がる。
恐怖の臨界点を超えた議員達は逃げ出すことすら忘れ、ただただ言葉を無くして野党党首だった死体を見つめていた。
「少しは茶番に付き合えよ。どうせお互い暇なんだしさ」
人一人殺しておきながら顔色一つ変えない荒隆に、若手議員が静かに息をのむ。
この場の主導権は完全に荒隆のものとなっていた。
しかし変革者を名乗り乱入してきた彼ら五人以外の誰も、その事実には気付かず静かに次の行動を待っている。
まさに異常な空間だ。
「それでは第一問。俺達は何人で行動しているでしょうか?」
出題と同時に荒隆が指で1を作る。
それに応えるように、議場にざわめきが戻った。
恐怖により支配された議員達は、出された問題を馬鹿正直に考え始める。
「答える奴は挙手をしろ。正解だった場合、そいつに質問権を与える」
(ここにいるメンバーだけ見れば五人。でも行動しているメンバーがここにいる全てとは限らない。もし裏で何人か動いていたとしたら……)
左手から順に扉の前に立つ面々を見回し、そして中央の発言台の主となった荒隆を見つめ、疑心暗鬼に陥る議員達。
無限とも思える選択肢の中からどうやって答えを導き出すのか。
議員達の頭は、正解はどれかという考えに埋め尽くされていた。
「無理なら次の問題に変えるか? こんな簡単な問題そうないぜ?」
あざけり笑う樹端の言葉に、若手議員が僅かに反応した。
(この無限に近い選択肢の問題が、簡単? まさか……)
意を決して若手議員が手を上げる。
「そこのあんた、答えは?」
「…………五人」
「正解だ。何が聞きたい?」
たった一度の回答で正解に辿り着いた若手議員に荒隆は笑みを向ける。
「……お前達は、誰だ?」
「誰……か。それは名前を聞いていると思っていいのか?」
若手議員から飛び出した質問の意図を汲み取るため、荒隆は小首を傾げて聞き返す。
「そうだ」
「ふむ……。名前がわかれば出身や動機が見えてくることもあるだろう。なかなかに堅実な質問だな」
質問内容を受けて、双也が腕組みをして感心する。
もっとも、彼らの名前は一般人のように国や警察のデータベースには一切載っていないのだが。
かと言って偽名という訳でもない。これから名乗るのは彼らの本当の名前でありながら、その名はどこにも記されてはいないのだ。
「いいだろう、答えてやる。俺は荒隆。右側の扉にいるのが樹端。その横が永那、双也、そして美早だ。俺達に名字はない。以上で回答は終了。続けて第二問。俺達の中にいるリーダー格は誰でしょう?」
続けての出題に押し黙る議員達。
「おいおい、今度のも簡単だろ? 多くても四人の犠牲で答えがわかるんだぜ? 居眠りばっかのスカスカな脳ミソフル回転させて答えてみろよ」
驚き交じりの笑い声をあげる樹端に煽られて、議員達は必死で頭を巡らせる。
(普通に考えれば発言台に立っている荒隆と名乗った男だ。だが、発言者がリーダー格である必要はない。では誰がリーダーなのか)
しばしの沈黙の後、先ほどの若手議員が恐る恐る手を上げた。
「お? 二度目の回答とは勇敢だな、あんた」
気付いた荒隆がやや目を見張る。
「答えは?」
「……発言台に立っている君がリーダーだ」
「……正解」
たっぷり十秒間を置いて答えた荒隆に、回答した若手議員は全身で息を吐いた。
こちらが見てとる以上に緊張していたようだ。それも当然か。自らの命がかかっているのだから。
「質問は?」
「……こんなことをしている目的はなんだ?」
若手議員は質問と共に力強い視線を荒隆に向ける。
「目的か……。俺達の目的はあんた達を殺し、奴らを表舞台に引きずり出す事だ」
憂いを帯びた眼差しで遠くを見つめる荒隆に若手議員は少々面食らう。
「やつら?」
「知らないとは言わせないぜ? あんた達お抱えの狂科学者どもだ!」
耐えかねた樹端が吠える。
「樹端、喋りすぎだ」
放っておくと全てぶちまけそうな樹端を双也が窘める。
樹端が落ち着いたのを見計らって、荒隆は次の問題に移る。
「第三問。今はこの時計で何時何分でしょう?」
時計をした左腕を掲げる。
コートの袖口から覗く腕時計に、全員の視線が集まった。
(時計はいくら時刻を合わせようとも個々によってズレが生じるもの。ましてや初めて会った相手の腕時計の時刻など分かるはずがない)
今度こそ犠牲者が出る。
そう覚悟した議員達の前で、荒隆の顔色が変わった。
「……もうそんな頃合いか」
荒隆の言葉に同意するように、他の四人の雰囲気も変わる。
「意外と準備早かったみたいだね」
「準備運動第二といきますか」
「さっきより手ごたえあればいいけど」
「極力殺すなよ」
楽しそうに話す美早、樹端、永那に苦言を呈する双也。
五人の会話が途切れたのを見計らったかのように、バコンッという音と共に天井板のいくつかが外れてぶら下がる。
即座に投げ込まれた煙幕に紛れて、垂らしたロープを伝って特殊部隊隊員達が下りてくる。
「議員の皆さんは伏せてください!」
隊員の指示でハッとした議員達は慌てて机の陰に身を隠す。
それと同時に五人に向かってくる隊員の気配に思わず荒隆は笑みを浮かべた。
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