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第五話 開戦
* * *
――この世界には通常の人間では見ることも触れることも出来ない物質が存在する
国会議事堂の外には数多の報道関係者や警察官が詰め掛けていた。
皆慌ただしく新たな情報を取りこぼさぬよう気を張り巡らせて動いている。
その一区画、警察車両仕様の大型トレーラーの中に仮設で作られた作戦本部に近付く人影があった。
――幻物質と名付けられたその物質は、十数年前ある科学者によって存在が実証された
「警察官がこれだけ揃ってこの様ですか。オリジナルというのもあながち嘘ではなさそうですね」
場違いな白衣姿の研究員は自分が目立っていることなど気にも止めずに規制線へと向かう。
全身で感じる緊張感。
要請にあった胡乱げな内容が、確かに現実味を帯びてきた。
研究員の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「責任者に取り次いでいただけますか?」
「何者だ!」
規制線周辺で警備していた制服警官に声をかけるが、返ってきたのは不躾な返答だった。
「内閣府直属特別研究機関、通称特研ラボ所属の研究員で煤山と申します。救援要請を受けて来たのですが」
「そんな話は聞いていない」
「内部で襲われたご本人様直々の要請なのですが、だめですか?」
「誰も通すなという命令だ」
取り付く島もないとはこの事か。
責任者に確認する様子もない。
もっとも警察機構の責任者でも特研ラボの存在は知らされていないと思うが。
「……では仕方ないですね。やってしまいなさい」
煤山と名乗る男の声で、建物の陰から小さな二つの影が現れた。
「がっ……!?」
影を視認したと同時に警備にあたっていた複数人の警察官がくずおれる。
周囲に展開していた報道関係者達は何が起きたのかわからないまま、染み付いた習性で煤山達にカメラを向けていた。
「よくできました。では参りましょうか」
――幼い子供達への人体実験によって
倒れ伏す警察官を前に、満足気に微笑む煤山の傍らには子供二人の姿があった。
* * *
煙幕の中、感熱スコープを用いて攻撃を仕掛けてくる特殊部隊隊員達。
視界の欠如というハンデなどものともせず、向かってくる隊員を捻り上げる永那、殴り飛ばす樹端、絞め落とす双也、蹴り倒す美早、そして手刀で叩き沈める荒隆。
煙に包まれている議場には鈍い打撃音やくぐもった呻き声だけがする。
「作戦、失敗」
煙が薄まり始めた頃、誰かが弱々しい声でそう発した。
見ると、議場には倒れ伏した完全防備の特殊部隊員達で複数個の山が築かれている。
僅か五人の手によって、この国が誇る最強の制圧部隊が負けたのだ。
「特殊部隊の奇襲か。思ったほどじゃなかったな」
埃を払っている者こそいれど傷付いた様子の一切ない五人に議員達は愕然とした視線を向ける。
「対テロリスト鎮圧用の特殊部隊だぞ!? 貴様ら一体……」
「俺達をそこらのテロリストと一緒にしてくれるなよ。こんなやわな連中じゃ話にならねぇよ」
特殊部隊の手応えのなさに呆れつつ答える樹端の顔にはあからさまに心外だと書いてある。
その点は全員異論がなかったのか、残りのメンバーから訂正が入ることもない。
「……貴様ら何者だ!! 一体何をした!!」
訳知り顔で優位に立ち続ける変革者に、議員達の恐怖は募っていくばかりだ。
「お前達の方が詳しいんじゃないか?」
「なんだと?」
精一杯の抗議も荒隆に軽くかわされ、問い返される。
問い返された意図がわからぬ議員達は眉間に皺を寄せ、怪訝な顔になるしかない。
「幻物質の操作能力を有した子供の保有と育成」
「……?」
淡々と荒隆の口から発された言葉に、大多数の議員が聞いた事がないと頭上にハテナを浮かべている。
ハテナを浮かべなかった、幻物質という単語に聞き覚えのある一部の者達の顔は見るからに蒼白だ。
そのいずれも現大臣や大臣経験者といった有名どころなのは、やはりと言ったところか。
「さすがにあんた達は知ってるようだな。大臣各位」
「……!?」
明確に呼びかけられた大臣達は蒼白を通り越して、血の気のない屍のような顔色に変わった。
「どういう事だ?」
「幻物質?」
「一体何を隠しているのですか!? 大臣方!!」
責任の押し付け合いに富んだ議員達だ。
付け入る隙が見つかったと分かると攻撃の矛先を、颯爽と大臣達に向ける。
これで自分達は悪くない、助かるとでも言いたげに。
「知らぬ方々に話して差し上げたらいかがですか? あなた達が何を隠し、何を企んで来たのかを」
「ぐっ……」
逃げ場はないと言外に含めながら荒隆が優しくトドメを刺すかのごとく発言を強いる。
恐怖と保身に押し潰されるような呻き声を出しながら、目を泳がせる大臣達が無言で責任を押し付け合っていた時だった。
ドゴォン!!という破壊音と共に、発言台正面の扉が吹き飛んだ。
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