残花

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翠月(あづき)……」  翠月はゆっくりと顔を上げ、息を吐いた。 「隣人を自分のように愛しなさい。(マタイによる福音書第22章37~40節。一部抜粋) 俺は、逃げていたんだ……全てのことから。神のお言葉に、返していなかったんだ……」 「それは違う」  すぐさま遥妃は否定し、翠月の左手を取った。遥妃の瞳は揺らぐことなく翠月を貫き続けている。 「そんな過ちで、神様は翠月を裏切るの?翠月は誰よりも神様もその言葉も大事にしてるじゃない。クリスチャンでない私と付き合ってくれるのも翠月が私をどんな人であっても大切にって、そう想ってくれているからでしょ?だから私も翠月のことが大切で大好きなの」  真っ直ぐな遥妃の言葉で、さらに翠月の頬から(なみだ)が零れていく。そして遥妃は翠月の手を離すと、今度は顔を近づけて翠月の顔を片手で覆った。 「神様の言葉じゃないけど、翠月の大事なものなら私だって大事。にくれたペアリングだって、ブレスレットも、ピアスも翠月は着けられないけど貰ったし、言葉でも貰ったものでも愛されているってこんなに嬉しいことはないよ……!」  その瞬間、翠月はそのまま遥妃に顔を近づけていた。ほんの一瞬、再び顔を見合わせたふたりは泣き笑いの表情を見せた。 「あっ……」 「どうしたの?」 「まだ残ってたんだ……。もう少しで完全に散っちゃいそうけど」  翠月は思わず窓を見た。たった二週間の間に桜はほとんど散ってしまっていたが、微かに吹かれる桜の花びらは、翠月と遥妃の二度目の出会いを待っていたかのように揺れていたのだった。
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