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翠月の家は、プロテスタント教会と児童養護施設を営んでいる。両親ともに牧師で、小さい頃から聖書や礼拝に親しみ、翠月は当然のようにクリスチャンになった。
遥妃とは高校の時に出会い、翠月から告白して付き合うことになったのだが、クリスチャンである翠月とノンクリスチャンである遥妃との価値観の違いは付き物で、何から何まで「え、そうなの?」と毎日遥妃は驚いていた記憶がある。
それでも遥妃は翠月の価値観を常に尊重し、逆に「私も知りたい」と翠月の家に行くことも多々あった。
「……?」
遥妃の見舞いの後、翠月は家に帰り、昔のことを教会で思い出していた。その時視線を感じたのだ。
「氷聖?」
翠月が振り返ると、すぐ後ろに気配もなく晴野氷聖が立っていた。
氷聖は、10年前に翠月の両親が経営する児童養護施設にやって来た。翠月と氷聖は同い年だったが、氷聖は声を出すことが出来なかった。それは幼い頃から母親に受け続けてきた暴力が原因で、今でも言葉を発することも笑うことも無い為、氷聖の感情は全くといっていいほど分からない。
それでも何かを感じることはあるのだろう。氷聖はじっと翠月を見つめていた。
「どうしたかって?」
翠月が聞くと、氷聖はゆっくり頷いた。
「じゃあ、座って」
ふたりしかいない教会。皆が知るような十字架にイエス・キリストが張り付けられている大きく絢爛な教会ではなく、十字架のみの質素な教会、これがプロテスタント教会の当たり前の姿だ。
「氷聖にも前に話したと思うけど……遥が大怪我して、もう二週間くらい経つのかな。命に別状はないって言ってたけど、目を覚まさない。いつもなら聖書を読めば落ち着くのに、何も心に入って来ないし……。遥を守ってあげられなかったって……それだけが、ずっと心に引っ掛かったままなんだ」
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