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氷聖は、教会の門を出て隣の公園に向かった。そして、足元を注意深く観察し始める。
「……氷聖?」
名を呼んだと同時くらいに氷聖は腰を上げ、指を差した。
「ん?」
翠月が視線を落とすと、そこには紫色の一輪の花があったのだ。
「えーと……これ、何だっけな……。あ、もしかして菫?」
翠月の答えに、氷聖は大きく頷いた。目当てはこれだったらしい。
「だけど、何で菫?」
その質問に、氷聖は当然の如く文章を打っていく。
『前に調べたんだ。すみれの花言葉は、小さな幸せ、だって。紫のすみれは、愛だって。あづきに合うと思って』
氷聖なりの気遣いだろうか。短い文面に翠月は少し顔を綻ばせ、菫をもっと近くで見ようとしゃがみ込んで顔を突き合わせた。
「よく見るけど、菫ってそういう意味があったんだね。……健気な花言葉」
ポツリと呟くと、脳裏に遥妃の顔が浮かんだ。
『会いたい』
そう言いたくなる言葉を、翠月は空気と共に呑み込んだ。ただ会っても、どういう顔をしたら良いか分からない。
『あづき、苦しいの?』
携帯を持ったままの手が震え、通知が来たのだと翠月は顔を携帯に向ける。
「はは……っ。そう、だね」
翠月は顔を上げ、氷聖を見つめる。しかし上手く氷聖の表情を読み取れなかった。
泪が落ちる。そして落ちれば落ちるほど、遥妃の顔が浮かぶ。
「…………っ」
言いようのない空気が落ち、氷聖は小刻みに震える翠月をただ見下ろしていた。
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