残花

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しかし、氷聖(ひさと)は座らなかった。 「……氷聖くん?」 氷聖は翠月(あづき)と遥妃に『僕、出るね』と指で自身と病室の扉を指し、そのまま出て行ってしまった。 そうして、ふたりは残される。沈黙の中、翠月は座り遥妃をただ見つめていた。 「何か喋ってよ。せっかく来てくれたのに」 「あっ……。えーっと、ごめん。色々言うこと考えてたけど、遥の顔見たら分かんなくなっちゃって……。『僕のこと分かる?』って聞こうとしたけど起きてるし、思ってたより元気そうっていうか……」 慌てふためく翠月を前に、遥妃は「ふふっ」と笑みを零した。 「翠月らしい。……元気っていうか、あんまり覚えてないの」 遥妃はそう呟くように言うと、視線を落とした。 「まぁ、覚えていない方が楽。怪我した事実は変わらないし……だけど」 言葉を切ると、遥妃は視線を上げ翠月を見つめ返してきた。 「怪我した事実はあるけど、それ以上に翠月を泣かせたっていう事実もある。翠月のことだし、いっぱい泣いたんだろうし、礼拝とかちゃんと出来たのかとか……今になってそんなこと考えちゃって……」 「え、礼拝?」 「そうだよ!私が眠っている間も礼拝ちゃんとやったよね?私のことが気掛かりで上の空とかないよね!?翠月はちゃんとしたクリスチャンなんだよ?それこそ、神様に背くことにならない!?」  怪我をしている遥妃の心配は、(もっぱ)らクリスチャンである翠月の行動だった。 「あっ……それは大丈夫。ちゃんと毎日お祈りはしてるし……。だけど、遥妃が目を覚まさない間、ちゃんと聖書は読めなかったかな」 「やっぱり……そうだろうと思った。でも、不思議だよね。常に聖書が大事だって言ってる翠月が『読めない』って言うなんて。普通、こういう時だから『読まなくちゃ』ってなるんじゃないの?」  遥妃の意見は最もで、何か言おうと口を開くも、翠月は言葉が出て来なかった。
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