『七日後』に、本当に世界が終わるのか?

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「えっ?アンタ達、今日まで学校に通ってたの?暇じゃん?」  棒アイスを食べながら、麗佳(れいか)は信じられないものを見るような目をした。そんな彼女も有名な私立高校の制服に身を包んでいたが、彼女は私服をあまり持っていないので、日々のローテーションのレパートリーの中に制服も含まれていることを知っていた。 「麗香(れいか)ちゃんは元気?」  麗佳の台詞は完全にスルーして、秀は先程購入したパピコをおれと半分にするべく、割った。 「相変わらず。ベッドとお友達よ。パパもママも家に帰らなくなって久しいわ。お手伝いの人が世話してる」  愛って本当に何かしらね、となんでもない風に続けた彼女の台詞に、「ふーん」と返すのが精一杯だった。 「その答えを見付ける必要はないみたいだね。もう、この世界は終わるからさ」  対して、笑う秀にぎょっとした。三人で防波堤の上に座ってアイスを食べている様は青春そのもののようであるのに、話題がまるで輝いていない。因みに、海も人工的海で、その辿り着く先は壁である。この世界には、『端っこ』が存在する。  麗佳は、麗香ちゃんのクローン人間だ。これもつい最近まで隠されていたのだが、総理大臣の一人娘のクローンである。娘の方は病弱で、その病弱な部分を取り除いたのが麗佳らしい。『私は本物の代わりなの』と嗤う彼女の顔は寂しそうで、胸が痛んだ。秀はやっぱり、憤っていた。ふざけた世の中になったものだと。  彼らに出会って、おれの中で沢山のものが変わった。物事の見方・捉え方。『当たり前』だと思って生きてきた、自分を取り巻いていた世界の歪さ。自分の空っぽさ。  試験管ベビー。クローン人間に、AIロボット。脳みそ冷凍保存人間。沢山の生が、違うカタチで暮らしている現代。それはおれにとってはすっかり当たり前で、何でもないことなのに。秀はその一つ一つに驚いたり憤ったりしていた。麗佳は、強気な瞳の奥が、いつも何処か哀しみの色に翳っていた。  おれ達は嘗て、生まれ落ちた意味について一緒に考えた事があった。けれど、今を生きている大人からはその答えらしきものを得ることが出来なかった。死と隣り合わせにある麗香ちゃんも、麗佳と同じ勝ち気な瞳に少しだけ哀しみを携えて、「私が死んでも、この世には麗佳が居るから」なんて言うのだ。おれは始めて、その言葉がとんでもなく哀しいものなのだと言うことを知った。 「あと六日、どうやって過ごす?」  棒アイスをすっかり食べ終えた麗佳が、ぽいっとその棒を捨てながら訊いてくる。それに対して、環境について説教を始めた秀におれは隣で苦笑いした。ポイ捨てされたゴミはお掃除ロボットが速やかに回収するし、今日を過ごしてしまうともう後六日で滅びてしまうこの世界が例えゴミだらけであったとしても、誰も困らない。  ほら、何処からともなくお掃除ロボットがやってきて、先程のゴミを拾い上げた。彼らはそれだけに特化していて、特に麗佳に説教を垂れること無く、また何処かしらへ去っていく。 「秀は相変わらず煩いわね。明人、明日はどうやって過ごすの?頼みの学校も、遂に休校らしいじゃない」 「うーん。そうだなぁ…。読まず終いの漫画でも読むかなぁ…。クリアしてないゲームに興じる、とか」 「不健全ね」 「そうかな?」  じゃあアンタはどうやって過ごすんだよ、と秀が横やりを入れる。秀は出会った時から何と無く麗佳に冷たいところがある。 「あたし?あたしは、そうね………。麗香と、沢山話をするかしらね…」 「……」  おれ達はその尊さを知っているから、黙った。  麗香(かのじょ)のコピーでしかない、この目の前の彼女(れいか)は、やっぱり『麗香』と言う存在が絶対で、それほどコンプレックスでもあった。彼女を嫌うのは自分を嫌うことだという矛盾。そんな渦中に、いつだって苦しんでいた。涙なんて見たことがない。けどきっと、いつだって心の中では泣いていたんだろう。 「あたしは結局、両親から愛されることは無かった。けれど、麗香もまた、愛されてなんていなかったのよ」  愛人の元から帰ってこない両親に対してだろう、麗佳は海の向こうを睨むように見ていた。クローン人間なんて造るくらいだしね、と自嘲気味に呟くので、おれは咄嗟に口を開いていた。 「おれはそれでも、麗佳に会えて良かったと思ってる!」  『クローン人間』と言う存在はどうやら秀のモラルには反するらしい。けれど、だからとは言え、その存在を、外野でしかないおれ達が持論を持って軽率に否定しては駄目だと思う。秀も勿論、『彼女』のことについて彼女にとやかく言ったことはない。だってもう、彼女達は存在していて、確かに生きているから。それに、おれは麗佳のことが好きだった。 「え、何?告白大会?」  麗佳は少しも照れた顔もせずに眉をしかめた。…でも、既におれ達は、それが麗佳の照れ隠しの顔だと言うことを知っていた。 「じゃ、言わせて貰うけど。あたし、秀のことが好きだったの」  失恋じゃん。いや、まぁ…知ってましたけどね。 「ふーん?じゃ、僕も言わせて貰うけど、僕は明人のことが好きだったんだよね」 「えっ?!」 「ふーん?やっぱりね」 「えっ?!?!」  思わぬ告白に驚いておれが挙動不審になっている様子を見て、二人が笑った。おれから見ると、この二人は美男美女でしかも頭も良いときた。非常に、お似合いに映っていた。 「秀はどうやって過ごすの?」  未だに心を乱しているおれを余所に、二人は今日の風がそうであるように、流れるように緩やかに、話を元に戻した。 「んー。じゃあ、告白もしたことだし、明人を口説いて過ごそうかなぁ」 「あら、面白そうね」 「ちょ、ちょっと、え、おい、ちょっと…!」  世界が終わる、とか言っていられない心境のおれに、やっぱり二人は笑った。今度は大きな声を出して愉快そうに。ーーーー本当に、もうすぐ世界は終わるのか?やっぱり、信じられない。おれ達を取り巻く空気は、あんまり何も変わっていないように思う。 「順番にデートしてみるのとかはどう?明日があたしと秀で、明後日があたしと明人、明明後日が秀と明人」 「楽しそうだね。うん、採用!」 「ちょ、ちょっと、待てって!おいっ!おーいっ!」  そんな風に笑い合って、日が傾いた頃、いつもの、大層大きな黒塗りの車が麗佳を迎えに来た。運転手なんてものは無く、この時間になれば麗佳のいる場所まで迎えに来て、家へと送るようにプログラムされて動いているだけ。そんなところも変わらなくて、やっぱりこの先も、この世界は続くのではないかという気がしてくる。 「じゃ、また明日ね」  デートの話は嘘だったのか本当なのか、誰も言及せずに別れた。多分、『本当』でも良いし、『この時間限りの戯れ言』でもいいと誰もが思っていたから、明言することを避けたのだ。それくらい、頭が悪いおれでも分かる。
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