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帰り道はいつも秀と二人だ。彼がいつも、一人暮らしする家まで送ってくれた。それは別に、彼がおれのことを密かに想っていたこととは関係無くて。単純に、秀の帰り道の途中におれの家があるからだった。
「実際どうなの?実は、気が付いてたんじゃないの?」
「…………」
秀の指摘に、おれは直ぐに言葉を発することが出来ない。本当は時々、そうかもしれないと思うような瞬間はあった。…けどまさか、本当にそうとは、やっぱり思わない。指摘してみても、自意識過剰だと笑われるのがオチだったわけだし…。
「……気持ち悪いと思う?」
「いや、そんなこと思うわけ無いじゃん」
「うん。知ってた。でも、ありがとう」
付き合って、とも、思い出作りを提案するような発言もしない。おれも、返事なんて無粋な真似はしない。いつもよりも少しだけ沈黙が多い時間があったが、それでも、いつもと変わらない調子で会話を続けた。
「僕はさ。目が覚めて、…いや、『目が覚めた』ことに、愕然としたんだ。絶望って、きっとその時のことを言うんだ。僕は、もうずっと前に死んだはずだったのに」
「……」
突然始まった思い出話。黙って聞くことにする。もうすぐおれの家だったから、自然と、歩くスピードがゆっくりになる。
「僕にそんなことをした人達の事を恨んだし、諦めて生きていこうとしてみれば、世の中はこんな感じだし。なんかもう、僕は、本当にどうしたらいいのかわからなくて…………でも、明人、君に出会えた」
そんな劇的な言葉を頂戴したおれは、考える。記憶を巡らせた。はて、何か、彼にそう思わせる壮大なエピソードはあっただろうか?
「君は、この世界に何の疑問も抱かないこん畜生だった」
「って、おい」
おれのつっこみに、秀は本当に愉しそうに笑う。
「素直で、純粋で、真っ直ぐで。かつての僕は、『友人』と言うものを知らない。学校は飛び級したし、気が付いたら大人に混ざって研究をしていた。僕よりも遥かに年上な大人達が、僕の事を敬って呼んでいたんだ。僕は、友人も青春も、何も知らないまま大人になったんだ。喜びも哀しみも、その、共有の仕方も」
「………」
彼らの生は壮大で、どうしてこんなにもちっぽけなおれと縁が出来たのだろうかといつも疑問だった。でも、彼はだから良かったのだ、と笑う。
「君との毎日は、くだらなくて、可笑しくて、愉しくて、腹が立って、哀しくて、忙しなくて、…カラフルに、色付いていた」
「………」
「それまで、今のこの『生』に感謝したことなんて無かったけど、でも初めて、感謝したんだ。僕に、第二の生を与えてくれてありがとう、って」
「…………秀。あのさ、お前。………本当の名前は、なんて言うの?」
彼がそういう数奇な生い立ちであると知った日、生まれた疑問。
ーーー“『前﨑秀』は、どちらの名前だ?”
「……………『僕』の名前は、前﨑怜」
「………怜…」
彼の事だから、『秀』と言うのは、脳死したその身体の方の名前なんだろうと思っていた。どうやら、正解だったらしい。
どんなにゆっくり歩いても、進んでいたので当然、ゴールに辿り着く。遂におれの家の前に着き、どちらともなく歩を止めた。
「…………じゃあ、また明日。明人」
明日会う約束はしていないし、その台詞に言及したりしない。ついさっきの、海でのやり取りと同じことだ。本当に明日会ってもいいし、今限りの台詞であっても、どちらでも良い。だからおれも、同じ台詞で返すことにした。
「…………おう。また、明日。怜」
怜は首を振る。「最後まで、『秀』って呼んで」と困ったような顔をして笑う。おれはやっぱり、心臓を鷲掴みにされたような胸の痛みを感じた。
一体、誰がどうして。いつの間に、そうなったのか。
誰かの願いだったのか。それとも、科学が目指した先だったのか。行き着いたこの生の在り方に、未来に、誰が望んだものがあったのか。おれ達は、なぜ生まれたのか。……何故、死ぬのか。七日…もう、六日、後に、何故世界は終わるのか。本当に、世界は終わるのか……?
「………今日を過ごして、あと六日後、本当に世界は終わると思うか?」
どんな答えを期待したのだろうか。考えるより先に、口から溢れ落ちていた。
彼ー秀ーは、しっかりとおれの視線を捉えて、真剣な顔をしながらも、その唇は弧を描く。
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