どぶねずみおじさん

1/11
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
ぼくはどうやら天涯孤独の身になってしまったらしい。 交流の薄い近隣の方々のお情けと、役所の事務員の憐れみのおかげで、とりあえず母の葬式を執り行うことができた。 母の職場の同僚だろうか、知らない大人がぞろりと家にあがってくる。ぼくは深々とおじぎをした。皆、淡々としていて、涙を流している人はひとりもいなかった。やっぱりだなぁと思った。まあ、ぼくも含めてなんだけれど。 「あの子、かわいそうね」 「友梨佳さんって旦那さんいなかったんでしょ」 「親戚とも疎遠なんだってね。引き取り手はいるのかしら」 そんなひそひそ話が耳に届いた。たしかに、せっかく受かった高校に通えそうにないのは心底がっかりしたし、今後の生活については途方に暮れている最中だ。 けれど母がいなくなったことを、それほど悲しいとは思わなかった。ぼくの世話をせず、家のことはおざなりにしている母だったからだ。 母は結局、お酒を飲みすぎ血を吐いて倒れた。漫画で読んだことのある場面が現実に起きて驚いたけれど、同時に妙に納得した気がする。 やけに若く見える母の遺影を眺めて思う。ぼくとの思い出づくりなんて全然なかったから、写真一枚探すのだって苦労したんだ。――そう考えるなんて、ぼくは血も涙もない人間なのだろうか。 それからぼんやりと人の流れに目を向ける。すると、門の外から遠巻きにこちらを覗き込む男性の姿があった。喪服だがサングラスに黒いマスクで、正体を隠しているようで見るからに怪しさ満点だ。 その男性はしばらくうろうろしていたけれど、明らかにぼくを気にしている様子だった。ぼくと視線が交錯すると、その人はサングラスを外した。瞬間、ぼくの胸は激しく高鳴った。 ――おっ、おじさん! 驚いて心臓が飛び出しそうになり、それから感情が決壊した。息ができなくなるくらいに嬉しかった。――そう、ぼくはずっと、このときを待ちわびていたのかもしれない。 「どぶねずみ」といわれたあのおじさんは、ぼくが「ツ抜け」したばかりのころの、大切なともだちだった人だ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!