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 「鍋、使わせてもらいました」  冬に使う一人鍋用の土鍋に志築くんはおかゆを作ってくれていた。  溶き卵をいれてネギと海苔がちらされたそれはとても香しい匂いを振りまいている。  「…おいしそう」  「美味しいですよ、俺が保証します」  志築くんは言うや否や、お玉を持ち、お椀によそってくれた。  「…これぐらい自分でできるわ」  「いいんです。させてください」  それでなくとも志築くんは何故か私の隣に座っている。  うん、もう考える元気がないので考えることは諦めることにする。  「はい、あーん」  若干思考を放棄しかけたところで目を剥いた。  ぼんやりした頭でもわかるほど今異常事態が起きている。  「…え?」  「もう少し口開けてください。あ、もう少し冷ましますか?」  フーフーと湯気が立ち上るレンゲを冷ます志築くん。  いや、そういう問題じゃない、と言いかけたけど大変良い笑顔でレンゲを差し出す彼の顔は若干圧が強い。  ……なんだか、断れない。  渋々口を開けると、志築くんの差し出されたレンゲが目の前まで迫ってきた。  無理に口の中に入れるようなことはしない彼に少々感謝しながら、おずおずと差し出されたそれを口に入れる。  ふんわりとしたお米に仄かな卵の香り。そこに海苔の塩気が混ざってとてもおいしい。  「…おいしい」  「お気に召したようでよかったです」    もぐもぐと咀嚼する私の隣で志築くんは早くもレンゲでおかゆを掬っている。  「ゆっくりで大丈夫ですよ」  早く食べようとした私をたしなめる彼。  なんだか餌付けされている気分になる。  「あの、自分で食べられるわ」  「俺が食べさせたいからいいんです」  「でも」  「今更ですけど、勝手にキッチン借りてすみません」  「あ、それは全然いいの」  「これ食べ終わったらデザートの桃缶食べましょう!冷やしておいたのでおいしいですよ」  なんだかうまくはぐらかされた気がするのは気のせいじゃないと思う。  でもやっぱり、圧のある笑顔でレンゲを差し出す彼を止めることができない。  
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