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 ホッとしたのが志築くんにも伝わったのか、彼は私を抱き寄せるとすっぽりと包み込んだ。後ろから全身をぎゅっと抱きしめられる。さっきまで吹雪いていた部屋の中が一気に温かくなった。  「…俺のこと、少しは気にしてくれたんですか」  少しどころじゃなかった。どうかしているほど、志築くんのことばかり考えていた。自分が一体何をしたのかすぐに分からなくて、思い当たることはやっぱり、メールのやり取りとか性格のこと。  『つまらない』と言われた当時のことを思い出して愛想を尽かされたんだ、と納得してしまった。出かけるときもいつも彼が色々決めて案内してくれて、私はただ付き添うだけ。本当に楽しいのかな、と疑問に思ったし、だからいち同僚と同じような態度の接し方にひどく納得した部分もあった。  「…スーパーで遇った時、ちょっとやりすぎた感があったのは自覚していました。ただ、長く話せばその後の時間を共有したくなる。傍に居たくてあなたを帰したくなくなる。そうなることがわかっていたから俺は心を鬼にしたんです。結果、奇行を生むことになってしまいましたが」  後肩でクッと笑った彼の髪がサラリと肌に触れた。  ただそれだけで緊張していた身体がさらに強張ってしまう。  「…俺に愛想尽かされたと思った時、彩羽さんはどう思いましたか?」  身体に回った腕の拘束力が少しだけ強くなった。  彼の顔が首と肩の付け根に埋まり、くすぐったいような、でも嫌じゃないなんとも不思議な気持ちになる。  「……悲しかったわ」  あの時はとても悲しくなった。なんとなく裏切られたような気がした。  何も志築くんは悪くない。私が勝手に傷ついて落ち込んだだけだ。  それでもその時になって初めて、自分のなかで志築くんの存在感がとてつもなく大きくなっていることに気づいて焦燥感のようなものを感じた。    
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