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「糞野郎。余計なこと言いやがって」
その夜、私は志築くんに今朝の支配人とのやり取りを話した。
というか、志築くんに「何を言われたんですか」と詰められて正直に話してしまった。
その暴言がそれだ。支配人を「糞野郎」って。
「…口が悪いわよ」
「いいんです。あんな奴。ただでさえ、彩羽さんを自分専属とか思ってるんだから。気に食わない」
ケッと吐き捨てた彼は抱きしめる腕を強めた。
後ろから抱きしめられた私はただ、逃げることもできずに大人しくされるがままになっていた。
「でも、会社ではあまり」
「別に引っ付いていたわけじゃないじゃないですか。たまたま支配人にプライベートで手を繋いで歩いていたところを見られただけで、会社で手を繋いでいたわけじゃないし」
ぶー垂れる志築くんの言い分に苦笑する。「そうね」と返せば後ろから何かを耐えたような声が返ってきた。
「別に芸能人じゃないし、隠す必要なんてないと思うけど。でもオープンにすると彩羽さんが色々大変そうだしもう少しだけ我慢します」
志築くんの言葉の意味はよくわからないけど、不満があるものの今は我慢してくれるという。その“もう少し”がいったいいつなのか気になるところだけど、今は聞いちゃいけない気がする。
「でも、俺、少し怒ってます」
「…どうして?」
「少しでも俺を避けた方がいい、って思われたことが嫌です」
そんなことを言われても、と眉を下げる。
経験値の乏しい私にはどうしたらいいのか分からなかった。
結局隠し切れなくて彼に話したのにそれでも気に入らないというのか。
「ちゃんと話してくれたことは丸です。ただ、仮に『避けられる』のはちょっと違うと思いません?ペアである以上話す必要もあるし、むしろ避けていると不自然というか」
「…そうね」
「だから別に気にしなくていいんですよ。普通にいつも通りでいましょう」
「ね」と言われて素直に頷いた。同時にどこか安心感が心に広がっていく。
避けなくていい、いつも通りでいい、と言われたことにこれほど安堵するとは思ってもなかった。
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